image:L&C
アメリカの典型的なスーパーマーケットの取扱品目は、1949年には3750種類だったそうですが、今では4万5000種類を超えており、店舗になければアマゾンで数回クリックするだけで、数百万もの商品の中から好きなモノを選ぶことができます。
それ以外にもインターネットで聴く音楽、衛星放送を含めたテレビ番組など、例をあげればキリがありませんが、今では選択の「拡大」が、選択の「爆発的増加」につながっており、最初は素晴らしく思えた選択肢の拡大も、あまりに量が増え過ぎることで、「選択すること」が私たちの日常の悩みになりつつあります。
↑約70年でスーパーでの選択肢は12倍に増えた。
コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授はスーパーマーケットの試食コーナーで、一つの机には24種類のジャムを、もう片方の机には6種類のジャムを並べて実験を行ったところ、24種類のジャムは約60%の人々が試食し、6種類のジャムは20%の人々が試食しましたが、ジャムの購入率を見ると驚くべきことが判明しました。
24種類のテーブルで試食した人のうち、ジャムを購入したのはたった3%だけでしたが、6種類のテーブルでは30%の人たちがジャムを購入しており、あまりにも多すぎる品揃えはかえって商品の売上を下げてしまったのです。(1)
↑店の品揃えを増やせば増やすほど、売上は下がっていく。
定年後の年金投資計画に関して、2000カ所以上の職場を対象に行った調査によれば、会社が提示する投資信託の件数が10件上がるごとに参加率が2%落ち、50件の投資信託を提示した時の参加率は、5件の時と比べて10%も下がることが分かりました。
心理学者のバリー・シュワルツ氏はこの理由を次のように述べています。
「50件も選択肢を提示されると、選ぶこと自体が困難になってしまい、どんどん決断を後回しにしてしまいます。そして、明日へ、明日へ、また明日へと先延ばし、その”明日”は二度と来ることはないのです。」
↑選択肢が10件増えると、参加率は2%ずつ落ちていく。
この考えを考慮し、「少ないことは良いこと」を実践に移したP&Gは26種類あったフケ防止シャンプーのうち、売上の少ない商品を廃棄して、15種類に絞ったところ、売上は10%も跳ね上がり、ペット用品を扱うゴールデン・キャット・コーポレーションは、小袋タイプの猫用トイレのうち、売上の少ない10種類を廃棄することで、売上を12%伸ばし、さらに物流のコストを大幅に削減することに成功しました。
マッキンゼーのコンサルタントであった小杉 俊哉さんは、ある大企業の社長に提案資料を持って行ったところ、「オレは1枚半以上の資料は見ねぇーんだよ。」と怒鳴られたそうですが、提案資料も10枚、20枚も作って持っていくよりも、枚数を減らして顧客の選択肢を減らしてあげることで、成約率は劇的に上がるのかもしれません。
↑多くの企業が顧客の選択肢を減らすことで、利益を得るだろう。
製品の選択肢を増やせば増やすほど、顧客が正確な判断を下すのが難しくなり、自分が正確な判断を下したつもりでも、常に「もっと良い判断ができたのではないか」と後悔の目を持ってしまうため、その製品に対する満足度は低くなると言います。
プリンストン大学のジョージ・ミラー教授が行った実験によれば、協力者に短い時間にいろいろな形を見せた後で、それを小さい順に並べてもらったところ、見せた形が7種類までの場合、順位付けは正確でしたが、7種類を超えると正確な順位付けができなくなりました。
ミラー教授はこれを、「マジカル・ナンバー7±2」と名付け、人間が一番処理しやすい数字は7±2(つまり5〜9種類)だと定義しています。
確かに世の中には、世界の七不思議、七つの海、地獄の七層、七つの大罪、そして七原色など、”7″に関わる話が多いことを考えると、この「マジカル・ナンバー7±2」はある程度説得力のある数字なのかもしれません。
↑マジカル・ナンバー7±2
スティーブ・ジョブズがアップルに戻って、まず最初に取り掛かったことは増えすぎた製品の数を減らし、利益が出そうな少数の製品に絞り込むことでしたが、毎年ビル・ゲイツと長者番付を競っている投資家のウォーレン・バフェットも若い頃、すべての判断を正確に下すことは不可能だと考え、正確に下さなければならない判断を少数に絞り、それを確実に当てることで世界一の大富豪にまで登りつめました。
また、ナイキの現CEOであるマークパーカーはジョブズにアドバイスを求めると次のように回答されたと言います。
「ナイキは世界的に見ても素晴らしいモノを作っている。だけど、ゴミとも呼べる製品も多い。ゴミはさっさと処分して、素晴らしいモノだけに集中した方がいいと思うよ。」
↑情熱を持てて、利益が出そうな製品だけに絞ることで利益は大幅に増える。(Flickr/lincolnblues)
マーク・ザッカーバーグやオバマ大統領、そしてアインシュタインは毎日同じ服を着ることで有名ですが、これにはしっかりとした心理学上の根拠があり、毎日何を食べるか、何を着るかなど、決断の回数が増えれば増えるほど、疲労が溜まっていき、仕事に支障をきたす可能性が大きくなります。
ザッカーバーグは次のように述べています。
「私は10億の人に奉仕できるとてもラッキーなポジションにいます。もし私が自分自身のどうでも良いことで時間を使っていたら、私は仕事をしている気がしません。そんなことよりも、素晴らしい製品を作って自分たちのミッションを達成するほうが、よっぽど重要なことなのではないでしょうか。」
また、オバマ大統領も自信を持って次のように述べています。
「私は日常の決断をできるだけ少なくします。毎日の食事や服装についての決断は必要ありません。私には下さなければならない決断が限りなく多くありますから。」
↑スーツの色なんかより、私には下さなければならない決断が山ほどあるからね。(Flickr/JD Lasica)
中学や高校は、校則が比較的自由な学校よりも厳しい学校の方が、先生に内緒で色々やろうと考えるので、面白いと言いますし、ツイッターの共同創業者、ビズ・ストーンは140字という”文字制限”がユーザーにクリエティビティーを発揮させ、それがツイッターの成功の要因になったとも語っています。
ドラッカーは「歴史上初めて、大多数よりも、人々が選択肢を持つようになった。」と述べていますが、まだ多くの人たちがこの選択の「爆発的増加」に対応できておらず、むしろ選択肢の拡大が多くの人たちを苦しめているようにも見えます。
↑ほとんどの人が「爆発的増加」時代に対応できていない。
麺の固さから、サンドイッチのパンの種類、そして車のカスタマイズまで、消費者は与えられた選択肢に対して、決断を下すために多くのエネルギーを使っていますが、現代の人たちは麺の固さよりもスーツの色なんかよりも、正確に下さなければならない重大な決断があるのではないでしょうか。
逆に企業側からすれば、選択肢を上手く減らし、顧客に満足のいく選択をさせてあげるようにすることが、大きなビジネスチャンスになっていくのかもしれません。
1.シーナ アイエンガー「選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義」(文藝春秋、2014年) P272