May 19, 2015
軍隊は自分を犠牲にして、他人を助ける人に勲章を与え、会社は自分たちを儲けさせてくれた人にボーナスを払う。

最近、書店に行くと「会社に頼らずに食べていけるスキルを身につけろ」、「厳しい時代に生き残っていくために自分だけの武器を持て」などと書かれた本が山積みになっており、いかに会社からは距離を置いて、一人で武装するかを説くものが多く、日本人が従来から持つ「和」の精神から離れて自分だけ助かろうと、どんどん個人主義に走っているような気がします。

人事コンサルティング会社タワーズ・ワトソンの2010年の調査によれば、日本人従業員で会社に貢献したいと強い意欲を持つ人の割合は、全社員のたった5%しかなく(世界平均は21%)、企業内で団結して経済を立て直さなければならない時期に直面しているにもかかわらず、人と企業との距離はどんどん離れていくばかりです。


↑「自分だけよければいい」個人武装する人たちがどんどん増えていく。 (Thomas Hawk)

生死と常に隣合わせで戦う軍隊は、自分を犠牲にして他人を助ける人に勲章を与えますが、ビジネスの世界では会社に利益を与えてくれた人たちにボーナスを支払います。軍隊では自分を犠牲にしてまで仲間を守りますが、会社では社員を数字で競わせ、いち早く出世することが推奨されます。

軍隊に所属する人たちは、人間味が素晴らしい人たちの集まりでは決してなく、リーダーに守られているという安心感があるからこそ、自分を犠牲にしてもチームワークを尊重し、最大限のパフォーマンスを発揮することができます。


↑軍隊と会社に属する人たちは全く反対の行動をとる。(UK Ministry of Defence)

「リーダーは最後に食べなさい!」の著者である、サイモン・シネックさんは、リーダーになるのは親になるのと一緒だと述べており、親が自分の利益よりも先に子供の成長を望み、子供が自信をつけて、自分よりも大きなことを成し遂げられるようサポートしてあげるように、リーダーも自ら進んでリスクを引き受け、従業員に「自分たちは守られているんだ」と安心感を与えることで、会社に忠誠心を持つようになり、仕事の生産性を上げていきます。

軍隊の中で、特にルールがあるわけではありませんが、軍隊のリーダーは絶対に食事を部下より先に取らず、企業はリーダーを「ランク」として定義しますが、軍隊はリーダーを「責任」と考えているようです。


↑軍隊のリーダーは絶対に部下よりも先に食事を取らない。(The U.S. Army)

人間はもともとお互いを信用し、協力する生き物ですが、それは自然に起こることではなく、その人が属する環境に大きく依存し、その環境はリーダーによって作られていることを忘れてはいけません。

「私のことを信用してくれ!」といくらリーダーが述べても、部下は誰ひとり信用しませんが、人間は「守られている」と感じて、初めて「協力する」するというアクションを具体的な行動に移し、それがイノベーションに繋がったり、自分の意見を活発に発言するというモチベーションを作り出していきます。


↑人間はもともと協力して生きる生き物。でもそれは自然に起こることではない。(practicalsurvivor)

アメリカの経済誌「エコノミック・ジャーナル」は人生の大きな出来事、例えば、結婚や離婚、子供の誕生、短期の失業、長期の失業、そして配偶者の死など、さまざまな出来事が、長期にわたって人生の満足度にどのような影響を与えるかに関して、13万人を対象に数十年間にわたって調査したところ、幸福度に一番ネガティブな影響を与えるのは「長期にわたる失業状態」で、1年以上の失業は、そこから完全に立ち直るまでに、5年以上かかる場合もありました。


↑一番ネガティブな影響を与えるのは「長期にわたる失業状態」(ryan melaugh)

また2013年にアメリカで行われた調査によれば、上司から完全に無視をされると、仕事に意欲を持たない社員の割合が40%に増えますが、上司が自分の長所を一つでも褒めてくれて、「少しでも自分の存在は認められている」と部下が感じれば、その割合は大きく下がります。

ボストンカレッジ大学院の研究によれば、子供の幸福度や安心感は、親の勤務時間の長さによって決まるのではなく、親の帰宅した時の機嫌によって変化し、勤務時間は短いが帰宅したあと不機嫌になる親よりも、夜遅くまで働くものの、その仕事を愛している親と一緒に過ごす方が安心していられるそうです。


↑子供は帰ってくるのが遅くても、仕事を愛している親と暮らす方が安心する。(Takashi Kashiwaya)

お金、つまり従業員に払う報酬は、具体的な資源や人間の努力を抽象化したもので、人々がなんらかの行動に費やす時間と努力とは大きく異なり、私たちの原始的な脳にとっては、真の意味で価値をもたらすものではなく、仮にリーダーが大金をくれたとしても、自然な脳の解釈は、リーダーが命をかけて私たちを守ってくれた行為と比較した場合、お金はそれほど価値があるものではありません。


↑リーダーが命をかけて、私たちを守ってくれた行為は、お金の価値とは比べものにならない。 (remotestaff.com)

少し前に話題になった「海賊とよばれた男」という小説の中で、出光興産の創業者、出光佐三は終戦後、日本が焼け野原となり会社が倒産の危機に追い込まれても、社員の首だけは絶対に切らず、自分の所有するモノを売ったり、GHQと交渉するなどして、何とか会社を立て直していきました。

終戦当時、出光興産の社員1000人のうち、約800人が海外で仕事をしており、その社員の情報が記入してあるリストは戦争の爆撃ですべて焼けてしまいましたが、従業員の記憶を頼りに全社員の年齢や入社年、そして実家の住所までが記入されたリストをたった3日で作り上げてしまいます。

ある従業員は次のように述べました。

「不思議です。自分は店員名簿などじっくり見た事はなかったのですが、自分が国岡(出光興産)にお世話になってからの記憶を辿っていくと、全ての店員の顔が、声が浮かびました。」

1970年当時のゴールドマン・サックスは「長期的な強欲」の方針を貫き、紳士的な振る舞いと協調性を大事にし、顧客のために常に正しいことをしようという意欲にあふれていたため、「億万長者のボーイスカウト」呼ばれ、顧客から絶大な信頼を得ていましたが、1990年代からその文化が崩れ始め、自分の富と地位を最大化しようという社員が増えてきました。

2009年、リーマン・ショックで大きな打撃を受け、ゴールドマン・サックスは政府から資金の援助を受けますが、その数ヶ月後、役員たちが巨額のボーナスをもらっていたことが判明し、もうゴールドマン・サックスのリーダーたちはボーイスカウトどころか、詐欺師に近い存在に見られるようになってしまいました。(リーダーは最後に食べなさい! P186)


↑「長期的な強欲」の文化が少しずつ壊われ始めた。(Mike Licht)

1981年から2001年までゼネラル・エレクトリック社のCEOを務め、そこでの経営手腕から「伝説の経営者」とまで呼ばれたジャック・ウェルチは、株主価値を経営理念とし、貢献度が低い部署のマネージャーのうち、下位10%をクビにし、上位の20%にはストックオプションで報酬を与えるという人事システムを採用して、ずば抜けた功績を収めましたが、当時のゼネラル・エレクトリック社の利益はメインの製造業ではなく、金融部門のGEキャピタルからもたらされていたものだと言われています。

これは、原油価格が上がったことで、石油会社の株が上がったことと変わりませんが、ジャック・ウェルチの後を継いだジェフリー・イメルトはこの点を理解しており、2009年、フィナンシャル・タイムズに次のように語りました。

「1990年代には、誰にだって会社を経営できた。犬だって経営者になれたのさ。」


↑経営の仕方は時代によって大きく変わる。(Fortune Live Media)

ここ20年、大企業は少しでも業務を効率化させようと、仕事をどんどん細分化させていきました。

例えば、営業でも電話でアポを取る人、取れたアポ先に訪問して商品説明をする人、購入を決めたお客さんと契約の手続きをする人、そしてアフターサービスをする人といった感じで、どんどん無駄がなくなっていきましたが、その結果、人々はどんどんゆとりや余裕を失い、従業員は感情を持たないコストと見られるようになってしまいました。


↑従業員をコストとして扱うことで、自社のコアが何なのかが分からない企業が増えていった。(Emma Brabrook)

ウェイン州立大学のナタリア・ロリンコバ教授は、うるさくチームに指示を出すグループと、メンバーに決定権限を与えるグループとに分けて比較したところ、最初はうるさく指示を出すチームの方が好成績を上げていましたが、時間が経つにつれて、メンバーに決定権限が与えられたチームの方が好成績を上げるようになりました。

ロリンコバ教授によれば、後者のチームの方が、チーム学習、協調関係、そしてメンタル・モデルなどあらゆる項目で前者を上回っていたそうで、このようなチーム作りをしていかない限り、どれだけ優秀な社員がいようと、リーダーがいなくなってしまえば、その組織は機能しなくなるため、企業が存続していくためには、後継者となる次のリーダーが優秀であることに賭けることぐらいしかありません。

個人のモチベーションに詳しい同志社大学の太田肇教授は、著書「公務員革命」のなかで、「制度が精緻になるほど、そして管理が細かくなればなるほど、管理される人間は小粒になる」と述べています。


↑メンバーに権限がある組織の方が圧倒的に強い。(kris krüg)

アマゾンに買収されたザッポス社は独自の文化を持つことで有名ですが、CEOのトニー・シェイは社員を財産と位置づける代わりに、ザッポスの財産として様々なレベルとスキル、そして経験にわたる「パイプライン」をどの部署でも築くことが重要だと述べており、近年では社内の階級制度をすべて取っ払う試みにも挑戦しています。


↑人々の「フロー」を意識し、社内に「パイプライン」を作る。(Liang Shi)

マイクロソフトがグーグルを検索エンジンの覇者から引きずり下ろすためにかけた費用は、110億ドル(約1兆1000億円)近いとも言われ、マイクロソフトが2009年に検索エンジンのBingを立ち上げた時、グーグルは大きな不安に襲われましたが、逆にその脅威がグーグルの文化を一段と強くしたとも言われています。

人が心の底から充実感や達成感を感じるには、人との関わりが必要不可欠であり、だから私たちは「10年前にあんな業績を達成したな」と懐かしむより、「あの業績を達成するために、仲間とこんな苦労をしたなぁ」と思い出に花を咲かせることの方が多いのです。


↑マイクロソフトの脅威がグーグルの文化を強くした。(opacity)

元軍人は戦場の最前線で戦っていた時のことを懐かしく話しますが、もちろん、戦場での生活が楽しかったわけではなく、恐らくほとんどの人があんな経験は二度とごめんだと思っていることでしょう。

しかし、驚くことに多くの人たちが、このような経験をできてよかったと語っており、どうにかして困難を乗り越えたと自覚した時、本当の仲間意識の高い環境に身を置いた時に、オキシトシンが分泌され、良い幸福感をもたらしてくれると言います。


↑本当の困難を乗り越えた時、人間は初めて幸福を感じる。(UK Ministry of Defence)

高い業績を上げている企業を調査してみると、それらの企業は従業員が出社した時、競争の場に立たせるのではなく、「安心」できる環境を整えており、そのような企業文化の中では人が上手く機能する仕組みが整っています。

これは経営学ではなく、生物学と人類学の問題であり、一定の条件が揃い、組織の中の人たちが自然と安心感を覚える環境が整えば人々は自然に協力し始め、ひとりでは決して成し遂げることができないことを達成していくのではないでしょうか。


↑経営はMBAではなく、生物学に強くリンクする。(Geof Wilson)

イギリスの歴史学者アーノルド・トインビーは、文明は外部からの攻撃によって崩壊するのではなく、内部からの崩壊によって破滅すると述べましたが、安心感も与えず、「これからは実力主義なんだから、結果だけ出せ。」という企業文化が浸透してきたら、それは会社崩壊の始まりなのかもしれません。

参考:「リーダーは最後に食べなさい!」「How Google Works」「30代はアニキ力: 後輩を育て、上司を動かす」「顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説」

Eye Catch Pic by (Stefano Corso)

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