January 29, 2017
21世紀で最も成功したアーティスト、アデル「太っていても、作品の質が高ければ成功できるんです。」

イラスト_リーディング&カンパニー

もし、あなたがお金を出して、アルバムを買うのであれば、歌唱力はそれほどではないが、過激なパフォーマンスや奇抜なファッションで注目を集めるレディー・ガガと、決して美人ではなく、スタイルもイマイチながらも、ハスキーボイスを生かした圧倒的な歌唱力で人々を魅了するアデルとではどちらが良いでしょうか。

アデルが2011年にリリースしたアルバム「21」は同年、世界で最も売れたアルバムと「21世紀にリリースされた作品の中で最も売れたアルバム(2012年時点)」となり、2015年にリリースしたアルバム「25」も同年、全米・全英で最も売れたアルバムになりました。

これは、YoutubeでPVを眺めるのであれば、派手さがあるレディー・ガガなのかもしれないけれど、お金を払って音楽を聴くのであれば、圧倒的なクオリティーで歌唱力の本質を極めているアデルというのがリスナーの正直な気持ちなのでしょう。


↑アデルは決して美貌があるわけではないし、決してスタイルも良いとは言えないが中身は明らかに本物。 (Tammy Breece/Flickr)

アデルが作られた外見や見せかけのパフォーマンスではなく、歌手の本質である「歌唱力」という部分にすべての力を注ごうとしている姿勢は、アデルのテレビCMからも読み取れます。

2015年にリリースしたアルバム「25」の30秒のテレビCMには「アデル(Adele)」という彼女の名前も出てこなければ、彼女自身の写真も出てこず、彼女の声だけが30秒間鳴り響いているだけで、アデル自身の歌唱力だけで勝負したいという自信の表れなのでしょう。








↑歌唱力だけで勝負という圧倒的な自信、アデルのCMには彼女の名前も写真も一切出てこない。(Youtube)

とにかく、作り込まれた外見ではなく、中身の歌唱力という本質を重視し続けるアデルは、自ら体型や外見について
次のように述べています。

「いつも体形や体重、サイズ、スタイルといったことを聞かれます。気持ちはよくわかります。ただ男性はほとんどそんなことは聞かれません。それを少し腹立たしくは感じます。あと、私が太っているにも関わらず成功していることは、皆にとって驚きのようです。」

「私の音楽は見てもらうためのものではありません。聞いてもらうためのものです。」

「確かに体型は良くないかもしれませんが、それが私の人生を決めることはありません。」


↑アデル「私の音楽は見てもらうものではない、聴いてもらうもの」(Franklin Heijnen/Flickr)

まだ、20世紀の雰囲気が残り、ソーシャルメディアなども普及していなかった2005年、「人は見た目が9割」という本がベストセラーになりました。

世界的に見ても、日本人は内面よりも「見た目」を重視する傾向が強く、世界の高級ブランドの約50パーセント以上が日本人によって購入されており、少し古い情報ですが、2007年の産業地域研究所編「20代若者の消費異変」という調査によれば、日本人の20代の70パーセントが、自由に使えるお金をまず衣服品に使うと答えています。(1)

そういった意味で、日本人はまだ様々な面において、アデルのような中身的な本質ではなく、外見的な「見た目」に多くの時間やお金を費やし、内面的な問題やモノ、もしくはサービスの真のクオリティーと向き合うことを極力避けてきてしまっているのではないでしょうか。


↑日本人の約40パーセントがヴィトン製品を所有している。
(Susanna A./Flickr)

しかし、「人は見た目が9割」という本が2005年にベストセラーになってから数年でソーシャルメディアが急激に発達し、良くも悪くもの人々の人格や内面はウェブ上で共有されることになりました。

ビジネスでもそれ以外でも、初対面で会う時は、その人の情報を検索することが一般化され始めたことで、もはや外見の第一印象はそれほど重要ではなくなり、その人の内面的な良さや生み出すことができるモノのクオリティーがその人の価値を決める時代に間違いなくなっていくでしょう。(2)


↑外見的な印象よりも、内面的な良さや生み出せるモノのクオリティーがその人の価値を決める。

また、最近のファッション業界やビジネス業界のトレンドとしては、毎日同じ服装をしている方が圧倒的に「オシャレ」な時代になってきています。

マーク・ザッカーバーグやオバマ元大統領が、毎日同じ服装でいることはよく知られている話ですが、「プラダを着た悪魔」のモデルとして知られ、ヴォーグの編集長として、ファッションの女帝とも言われるアナ・ウィンターでさえ、ファッション・ルールとしてはタブーとされる女性が同じ服を何度も着まわして公の場面に現れることを、確信犯的に行うことで、新しいファッションのトレンドを作り出そうとしており、「オシャレな服装」という定義自体がここ数年で大きく変わり始めていることは明らかです。(3)


↑ザッカーバーグのクローゼット「毎日同じ服装の方が圧倒的にオシャレな時代。(Facebook)

まず、毎日数多くの意思決定をしなければならない経営者の観点で考えれば、毎日同じ服装にすることで、意思決定の回数が減り、仕事の重要な決断の質を上げることができます。

高校生の時に、病気で視力を失いながらもコロンビア大学の教授になったシーナ・アイエンガー氏は著書「選択の科学」の中で、経営者は自分で何でも決めることができるため、雇われ従業員に比べてストレスが少なく長生きするとしていますが、服装や食べ物など毎日自分で決めなければならないことが一定の量を超えると、それはその人にとって苦痛になることを指摘しています。(4)


↑ビル・ゲイツともなると1日3000通ものメールが来る、意志決定の数を減らして質を上げなければならない。 (OnInnovation/Flickr)

ビル・ゲイツと並び世界有数の大富豪である投資家のウォーレン・バフェットは一昔前、巨額の資産家とは思えないほどみすぼらしい服装をしていたことで有名で、偉大な投資家だと友人がバフェットを周りの人に紹介しても、「からかうな!」と言われて信じてもらえませんでした。(5)

バフェットは若い時、すべての事柄に正しい決断をすることは不可能だと悟り、投資に関すること以外の意志決定をできるだけ少なくし、自分が確実だと確信できる投資先だけに集中して、巨額のお金を投資することで9兆円近くの富を築いたのです。


↑決めることが多ければ多いほど、意志決定の正確性は下がっていく。(Fortune Live Media/Flickr)

バフェットの資産の9割は、たった10種類の投資によるものだと言われることからも、自分が着る服のチョイスも含めて、自分が大切だと思うこと以外には一切エネルギーを使わなかったのでしょうし、ヘッジファンドで伝説的な成果を生み出し、12兆円というお金を作り出したレイ・ダリオや、先日8年の任期を終えたオバマ元大統領も毎日同じ色のスーツを着て仕事に行っており、オバマ元大統領はこの件について次のように述べています。(6)

「私は日常の決断をできるだけ少なくします。毎日の食事や服装についての決断は必要ありません。私には下さなければならない決断が限りなく多くありますから。」


↑重要な仕事を持っている人ほど、毎日同じ服を着る。
(Barack Obama/flickr)

また、マーク・ザッカーバーグも服装と意志決定の関係性について、次のように断言します。

「僕は、このコミュニティーに尽くすこと以外の人生の意思決定をできるだけ少なくしたいと思っている。実際に、心理学のリサーチでも、どんなに小さな意思決定、例えば、何を着るとか、何を朝食に食べるかなど決めるだけでも、エネルギーを消費して、疲れるということが分かっています。」

「僕は10億人以上に奉仕できる、とてもラッキーなボジションにいる。もし、僕が自分自身のどうでもいいことに、エネルギーを使っていたら、僕は仕事をしている気がしません。」


↑どんな服を着るかなんかにエネルギーを使っていたら、はっきり言って仕事をしている気がしない。(iStock)

次にファッション・センスという視点からですが、スタイリストの地曳 いく子さんは、本当にオシャレな人とは「ダサい服を着ない人」なのだと言います。

地曳さんによれば、「ダサい」の印象は「おしゃれ」の印象の100倍強く、普通の人が「いつも同じ服だと恥ずかしい」、「バリエーションを増やさなければ」というプレシャーに負けて、服の種類をどんどん増やしていくと、その中に微妙なセンスの服も紛れ込んでしまい、一度でもダサい服を着てしまうことで、そのダサいイメージがずっと残ってしまうのだそうです。(7)


↑「おしゃれ」の印象よりも、「ダサい」の印象の方が100倍強い。

よくファッションの話になると、個性とか自己表現という言葉が出てきて、地味な格好をしていると、個性的ではない、表現力がないなどと言われることがあります。

京都市立芸術大学の理事長を務め、哲学者でもある鷲田清一さんは自身の本の中で、目立つ服を着て、個性を引き算ではなく、足し算で表現するファッションとは、他人に視線を感じてもらうことで、自分の存在を確認していたいという「弱いファッション」であることを指摘しています。(8)

2014年頃からニューヨークで広まり始めた「ノームコア」のムーブメントは、シンプルなシャツやニットに、ジーンズなどのベーシックな服を組み合わせる着こなすスタイルです。特に本人は何も服装で表現する気がなくても、なぜかその人らしさがにじみ出てきて、生前、常に黒のタートルニットにジーンズだったスティーブ・ジョブズもノームコアのスタイルを取り入れた代表的な存在なのでしょう。(9)


↑個性を足し算で表現する服装は、明らかに「弱いファッション」

2005年に「人は見た目が9割」という本がベストセラーになった時には、確かに見かけのカッコ良さや豪華さ、または外見を飾ることで生まれる個性がその人の第一印象を決める大きな指標になっていたのかもしれませんが、リーマン・ショックを機に、様々なお金の魔法が解けるにつれて、人々は外見上のカッコ良さや豊かさよりも、より本質的な人間の内面に目を向け始めていることは間違いありません。

例えば、現在の日本でも外見重視のイケメン俳優よりも、お笑い芸人の方がモテる時代であり、90年代の音楽時代の立役者、小室哲哉さんは21世紀に入るとミュージシャンよりも内面的なコミュニケーション能力が高いお笑い芸人の方が尊敬されるようになったと断言しています。(10)


↑イケメン俳優よりも、お笑い芸人の方がモテる時代である。(Gilgongo/Flickr)

確かにお笑い芸人は俳優、映画監督、小説家、ドキュメンタリー、政治・経済の情報番組のMC、ついには、東国原元知事のように直接政治を動かすところまで進んでいることもあります。(11)

これは芸人の内面にあるコミュニケーション能力の高さやトークの面白さ、そして独特の人柄が、外見のカッコ良さよりも大きな評価を受けている証拠なのでしょう。

ほんの少し前まで、お笑い芸人は俳優などに比べて圧倒的に格下に見られていました。島田紳助さんはそんな中、明石家さんまさんと女優の大竹しのぶさんが結婚した時は、芸人が世の中に認められたような気がして本当に嬉しかったと、以前テレビで述べていましたが、今では内面的なカッコ良さを持つお笑い芸人が、綺麗な女優や歌手と結婚することは全く珍しいことではありません。


↑多彩なコミュニケーション能力で漫才師、絵本作家、イベンター、校長、村長と活動の場を広げるキングコングの西野さん。 (オフィシャルブログより)

アリババの創業者であり、2014年には中国本土で一番の資産家に選ばれたジャック・マーは大学受験に失敗し、従兄弟に付き添われて近くのホテルのウエイターの面接に行きました。しかし、驚いたことに付き添いの従兄弟が面接に採用されてしまいます。

面接を行った社長は、従兄弟を採用した理由を従弟は体が大きくハンサムなのに対して、ジャック・マーは背が低く貧相、そして、頭も小さくて不細工だったからだと答えましたが、その後、ハンサムな従兄弟はあるホテルでクリーニング職人になり、ジャック・マーは中国一の起業家になることになるのです。(12)

ジャック・マーは後に、「男の才能は往々にして容姿と反比例する」という言葉を残しており、この言葉は中国で流行語にまでなって、世間の熱い支持を受けています。


↑中国一裕福な男「男の才能は、見かけとは反比例する」
(World Economic Forum)

ペイパルの創業者で、投資家としてシリコンバレーで大きな影響力を持つ、ピーター・ティールはスタートアップは外見ではなくプロダクトがすべてであるため、外見を気にしてスーツを着ているやつには投資しないという考え方を持っていることはよく知られている話です。

「いやあ、内容はないですよ。スタートアップにとってプロダクトが全てであり、それを隠すようなスーツなんて別にいらない。」

「そういう思考停止というのは起業家にとっては致命傷です。考えるのが仕事ですから。 スーツがダメとかパーカーだったらカッチョいいとかそういうのは一切ありませんが、“あ、この人思考停止してる”っていうのが透けて見えるのは避けたいところです。」(ピーター・ティール)

また、あるハーバード・ビジネススクールの学生を対象にした調査では、ビジネススーツを着せただけで、人間関係や他人の利益に払う注意が大幅に減ったという調査結果が出ています。(13)


↑外見なんかを気にしている暇があったら、中身のクオリティーを上げろ。(Ken Yeung/Flickr)

外見よりも、その人の中身が重要になる時代の本当のラグジュラリー・ファションとは一体何なのでしょうか。

20世紀の終わり頃まで、ラグジュラリー・ブランドのマーケティングや広告には、栄光に輝いた社史が語られ、王族やスターがその商品を所有しているイメージがきらびやかに映し出されてきました。

しかし、現在、「贅沢の再定義」として語られるのは、原料コットンの産地や、それが作られている地域情報など、フェアトレードで大切にされている現地職人が、丁寧に一つ一つ作っていく過程などで、人々は表面的な豪華さではなく、確実に「物語」が存在する方に動き始めています。


↑地球に貢献し、手間ひまかけて作られた製品こそ、21世紀のラグジュラリー。  (Vik Approved/Flickr)

現在では、ユニクロやH&M、そしてZaraなどの「ファスト・ファション」の普及で、衣料品の値段が下がり、数千円で流行のファションを追えるようになりました。

ところが、このような服は消費者が喜んで支払う価格から逆算して作られ、去年1000円で買ったものを、今年は900円で買いたがる消費者の欲求を満たしながら、企業は利益を上げていかなければなりません。

このようなビジネスモデルは一つの商品のライフサイクルを短くして、次々に新しいものを作り、いまだかつてないほどの大量販売をしていかなければならないため、私たちのクローゼットにはどんどん服が溜まっていってしまい、意志決定の質が下がったり、服のチョイスにもどんどんダサい服が入り込んできてしまうことになるでしょう。(14)


↑ファスト・ファションは一つの商品のサイクルを短くして、大量販売するからこそ成り立つ。(mittyoi/flickr)

米国タイム誌の「最も影響力のある100人」にも選ばれた片付けコンサルタントの近藤麻理恵さんは、自分が感情的にときめかないモノを所有していると、本当にときめくものへ愛情が明らかに減ってしまうと言います。(15)

さらに、TEDトークの人気スピーカー、デレク・シヴァーズに言わせれば、物事を判断する基準は、「絶対やりたい!」か「やらない」かの二択しかなく、恐らく服を選ぶ基準も、「絶対にこれだ!」と言い切れないのであれば、それはすなわちノーであると言い切れる人たちが、次世代のファッションリーダーになっていくのでしょう。(16)


↑「絶対にこの服だ!」というものは以外は、すべてノーである。

イッセイミヤケの仕事で、例のスティーブ・ジョブズのタートルネックを作った滝沢直己さんは仮縫いを終えて、仕上げたものを数百枚、米国に送ったところ、「これは違う」と返品されてしまった時のことを次のように述べています。(17)

「なぜか。実はTシャツの素材の風合いを完全に再現できていなかった。生地の密度がほんの少しだけ違っていたのです。もちろん、糸の番手も同じで、加工の仕方も同じ。見た目も全く同じです。服では、同じ素材で同じ物を作っても微妙な違いが出ることはよくあること。そのわずかな違いを、ジョブズ氏は見逃さなかったということです。」

「もう一回、やり直そう。僕はテキスタイルデザイナーと、“完全に再現しなければ納得してもらえない”と話し合いました。そうして完成させたTシャツを再度送ったところ、”ありがとう”のお礼とともに、改めて数百枚のオーダーがきたのです。“これこそ、自分が求めていたTシャツだ” 彼の言葉でした。あのTシャツはジョブズ氏の一つの象徴でした。ぴしっと完璧でなければいけなかった。彼の美学に妥協はありません。」


↑毎日同じでもいいから、完璧な服を着て、服を選ぶことに時間を使わず、サービスのクオリティーを上げることにすべてを捧げる。
 (wikipedia_CC)

外見よりも、内面が重要という、生きる上で大切なことが20世紀と21世紀では大きく変わり始めています。

実際、ニューヨークやロンドン、そしてアメリカ西海岸の時代の先駆者たちは外見を飾るファッションよりも、よりクオリティーの高い食べ物や「自分の中身」を充実させることにお金を使い始めており、本当の個性を持っている人たちは、外見を飾ったり、他人と違うファッションを意識することで、自分の個性や自己実現をしようなんて思うことは、今後どんどん少なくなっていくでしょう。


↑時代の先を行く人達は、ファッションなんかよりも、クオリティーの高い食べ物にお金をかけ始めている。

編集者である菅付雅信さんは著書「中身化する社会」の中で、これからの時代、クリエイティブだと呼ばれる人はファッションや外見で創造性をごまかすのではなく、何を食べて、誰と付き合い、どんな仕事をして、どんなところに住むかなど、自分の生き方そのものを、しっかりと「作品化」していかなければ、評価してもらえないと述べています。(18)

この記事の中でも話に出てきた歌手のアデルは、「19」、「21」、「25」とすべてのアルバムのタイトルに制作していた当時の年齢がつけられており、自身の成長を歌にして表現しているところを見ると、まさに人生を「作品化」している代表的な存在とも言えるでしょう。


↑アルバムのタイトルが制作当時の年齢「まさに人生の作品化」(Lonnie Dunn/Flickr)

本当にクリエイティブに生きたい人達にとっては、外見なんか気にせず、ただただ好きなことに没頭するだけで、人々に評価される素晴らしい時代がもうすぐそこまで来ているのかもしれません。

多分、2050年ぐらいになって、私たちは20世紀という時代を振り返る時、ファッションや外見なんていう、なんてバカなことに時間やお金を使ってきたんだろうと、笑い転げてしまう日がきっと来ることでしょう。

外見にお金や時間を使うなんて、自分の中身に自信がない人の「逃げ」でしかないのですから。

参考・引用◆1.ダナ・トーマス「堕落する高級ブランド」講談社、P74 ◆2.菅付 雅信「中身化する社会」講談社、2013年 P27〜28 ◆3.中野 香織「モードとエロスと資本」集英社、2010年 Kindle ◆4.シーナ・アイエンガー「選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義」文藝春秋、2014年 ◆

5.桑原晃弥「ウォーレン・バフェット 賢者の教え」経済界、2011年 Kindle ◆6.グレッグ マキューン「エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする」かんき出版、2014年 P62 ◆7.地曳 いく子「服を買うなら、捨てなさい」宝島社、2015年 P22〜27 ◆8.鷲田清一「てつがくを着て、まちを歩こう」筑摩書房、2006年 Kindle ◆9.堀 好伸「若者はなぜモノを買わないのか」青春出版社、2016年 P26 ◆10.小室 哲哉「罪と音楽」幻冬舎、2009年、P103 ◆11.太田省一「芸人最強社会ニッポン」朝日新聞出版、2016年 Kindle ◆12.張燕「ジャック・マー アリババの経営哲学」ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014年 P110-111 ◆ 13.アダム グラント「GIVE TAKE “与える人”こそ成功する時代」三笠書房、2014年 P55 ◆14.エリザベス・L. クライン「ファストファッション: クローゼットの中の憂鬱」春秋社、2014年 ◆ 15.近藤麻理恵「人生がときめく片づけの魔法」サンマーク出版、2010年 ◆ 16.グレッグ マキューン「エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする」かんき出版、P132-133 ◆17.滝沢 直己「1億人の服のデザイン」日本経済新聞出版社、2014年 P8 ◆ 18.菅付 雅信「中身化する社会」講談社、2013年 P214

※その他の参考書籍

■明治大学商学部「ザ・ファッション・ビジネス」同文舘出版、2015年 ■鷲田 清一「じぶん・この不思議な存在」 講談社、1996年 ■鷲田 清一「ひとはなぜ服を着るのか」筑摩書房、2010年 ■ジェニファー・L・スコット「フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣~」大和書房、2014年 ■三浦 展「毎日同じ服を着るのがおしゃれな時代 今を読み解くキーワード集」■羽林 由鶴「本物の恋は“見た目”が1割 あなたのままで「大好きな彼」から愛される方法」PHP研究所 ■ 藤本 耕平「つくし世代~「新しい若者」の価値観を読む~」光文社、Kindle ■ドラ トーザン「パリジェンヌ流 今を楽しむ! 自分革命」河出書房新社、2012年 ■伊藤 亜紗「目の見えない人は世界をどう見ているのか」、光文社、2015年 

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