July 19, 2015
TEDトークの入場料は数年で一気に高騰「無料動画を増やせば、増やすほど、入場料は高くチャージできる。」

現在、35歳を境にビジネスの観点が大きく変わると言われており、35歳以上の人が「無料」と聞くと、「無料なんてあるはずがない。どうせ何らかの形でお金を払わされるはずだ。”無料”と聞いた時には、財布に手を伸ばして守ったほうがいい。」と考えますが、インターネットと共に育ってきた30歳以下の人たちは、グーグルのサービスを毎日利用しても、料金を請求されることがないのは当然知っていますし、フェイスブックに料金メーターがないことも、ウィキペディアにアクセス権限が必要ないことも当然理解しています。


↑35歳以上の人は、ビジネス上での「無料」というコンセプトをどうしても理解できない。

20世紀の「フリー」の概念は、モノをタダであげることで、ほぼどんな商品でも魅力的に見せ、顧客の心理を操作しながら、別の需要を作り出すなど、強力なマーケティング手法のひとつとして使われ、さらにタダで受信できるラジオやテレビを普及させることで、消費者を煽り続けてきました。

しかし、21世紀の「フリー」は、強力なマーケティング手法から全く新しい経済モデルに変化していき、すでに無料か、ほぼ無料のモノから一国規模の経済ができており、料金を取らないことで、大金を稼ぐ人たちがどんどん出てきています。


↑21世紀の経済モデルは料金を取らないことで大金を稼ぐ。

21世紀最初のビジネスモデルは、99%のチョコレートを売るために、1%のチョコレートを無料で提供するのではなく、できるだけ多くの顧客にアプローチするために、80〜90%のモノやサービスを無料で提供し、10〜20%のモノでお金を稼ぐやり方で、この部分でお金を払う人は、プロダクトやサービスの価値をしっかりと理解し、喜んでお金を払う人たちだということになります。

当然のことながら、お金を払う人たちの母数は20世紀のビジネスモデル(チョコレートの例)と比べて、限りなく少なく、コンバージョン率もかなり低くなりますが、サービスやプロダクトの価値を100%理解しているため、その分、高い料金を請求することができます。


↑80〜90%のモノを無料で提供して、顧客は100%納得した上で、喜んでお金を払う。

プロダクトやサービスの大半を無料で提供して、「フリーライダー(無料でサービスを受け続ける人)ばかり増えてしまったらどうするのか?」という人たちも多く存在し、確かにそれが、ランチバイキングのような感じで、一部の大食いの人たちが食べ尽くしてしまうのであれば、フリーライダーは問題になりますが、オンライン・コンテンツの場合は、ユーザーに見てもらうために無料にしており、コンテンツを見てもらうこと自体が立派な報酬になるため、比較的問題は少なく、またPTAの役員会は少なくても10〜20%の親が協力しなければ成り立ちませんが、オンライン・ビジネスの場合は、参加者がはるかに多いため、全体の1%でも協力してくれれば、ビジネスとして成り立たせることが可能です。


↑全体の1%のユーザーが協力してくれれば、立派にビジネスとして成り立つ。

実際、TED Talksは招待制のイベントで、チケットは2006年の時点で4400ドルと高額でしたが、その年にオンラインで講演の様子を無料で公開すると、2008年にはチケットの価格が6000ドルとなり、
その価格は現在でも上がり続けています。

理由はオンラインで観るのと、実際に会場で観るのでは当然迫力が違ったり、出席者と雑談ができるなど理由は様々ですが、ただ一つ明確なことはオンラインで無料公開しても、その価値が下がることはなく、Webのことなどにあまり詳しくない矢沢永吉さんも
次のように述べています。

「YouTubeって便利だな、びっくりしたよ。俺の曲が気になったらどんどん見てくれたらいい、ダウンロードも歓迎。でも俺も家族や社員に飯食わせなきゃいけないから、今後はライブで頑張るよ。ライブはダウンロードできないし、お客さんも喜んでくれるだろ。」


↑無料で公開すればするほど、ライブの稀少価値は上がる。 (TEDx Somerville)

また、ほんの数十年前は番組を観るにしてもテレビ局は数社、ニュースを読むにしても新聞の数は限られており、そして、音楽を聴くにしてもランキングのトップ10がメインなど、アクセスできるコンテンツは現在と比べて驚くほどに少なく、全員が夏休みに映画館で同じ映画を見て、同じ新聞や放送でニュースを知るのが当たり前だったため、大衆文化時代の経済は、多くの視聴者を逃さないように、ヒット作、つまり全員を入れる大きな箱を用意することで成り立っていました。

しかし、インターネットによってコンテンツの供給が無制限になり、Web上に上がってさえすれば、誰でも自分の好きなものにアクセスできるようになると、「全員にフリーサイズ」を届ける大衆文化時代は終わりを告げ、「マルチ市場」という新しい経済モデルが見え始めてきました。


↑大衆文化では、比較的間違いない俳優や監督をアサインして確実なヒットを狙う。

例えば、ハリウッド映画の興行収入は映画ランキングの100位を切ると急激に下がり、500位ぐらいで限りなくゼロに近づくそうですが、これは100位以下になるといきなり、映画のクオリティーが落ちるわけではなく(むしろ上がるという人もいる。)、平均的な映画館では2週間で少なくとも1500人を集客できる映画を上映しなければ、賃貸料が払えないため、100位に届かない映画はあまり劇場公開されません。

元ワイヤードの編集長クリス・アンダーソンは、売れない商品を宝の山に変える新戦略として、この100位以下の売れない商品を数多く集めれば、ヒット作に匹敵する市場が作れるという「ロングテール」のビジネスモデルを2006年に提唱していますが、このロングテールを最初に実行したのはアマゾンで、ジェフ・ベゾズは売れる本も売れない本も、すべてWebに上げることで、リアル書店では「売れない商品」として店頭に並べられなかった本から、少しずつ利益を生み出していきました。


↑100位以下の映画でもWeb上に上げて、少しでも観る人たちがいればビジネスとして成り立つ。

誰が見ても明らかなものは別ですが、コンテンツやサービスが「高品質」「低品質」というのは、その人によって異なり、オーディオ・マニアが喜ぶ製品は、ビックカメラの売れ筋ランキングではないと思いますし、無名のキャストと乏しい予算で制作され、2005年に最も低い興行収入(423ドル)しか生み出せなかった「ダーク・アワーズ」という映画を観た人は、特に悪い映画ではなかったと感想を述べています。

これはブログなども同じことで、アクセス数を稼ぐために、コンテンツの品質や特徴を一般化させようとするのは明らかに間違っており、ロングテールで成功するためには、多様で変化に富むコンテンツを生み出していくことが大切で、コンテンツの意見が偏っている場合は、ユーザーが複数のブログを読んで判断を下せばいいだけのことです。


↑ブログのアクセスを上げるために、コンテンツの品質を一般化させようとするのは間違っている。

「フリーミアム」と「ロングテール」は、今後Webでビジネスをしていく上で、避けては通れないものになっていきますが、この2つの概念を着実に実行していくことで、ある時期を超えると、今まで知られていなかったサービスや製品などが伝染病のように一気に広がっていく現象が起き、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェルはこれを「ティッピング・ポイント」と呼んでいます。

現在は新しい情報や製品が世の中に溢れかえっているため、一つのメッセージや製品に「粘り」を持たせることがどんどん難しくなってきており、例えば、まだ情報が今に比べて乱雑していなかった1992年、コカ・コーラはオリンピックに3300万ドルの広告費を投じましたが、コーラがオリンピックの公式ドリンクだと気づいた人は、たった12%しかおらず、それどころか5%はペプシが公式スポンサーだと思っていたそうです。


↑どれだけ広告費を投じても、与える印象は限りなく低い。

グラッドウェルは急にサービスやアイディアが広まる条件として、「初期採用者」を完全に納得させることが絶対で、初期採用者が「初期多数派」のメンバーを納得させられるようなアイディアを見つけた時、「ティッピング・ポイント」が始まり、初期採用者を納得させるためには、限られた時間と予算をどのように使うかを賢く考え、すべてを一点に集中させて、一気に投入することで、世の中の流れは自然と「傾く」と述べています。

しかし、どれだけ時間をかけて考えても、世の中の動きは必ずしも私たちの直感と一致するとは限らず、社会的伝染を作り出すことに成功した人たちは、ただ単に自分が正しいと思ったことをやっているのではなく、よく考えた上で自分の直感を試しながら進めており、空想と現実を埋める試行錯誤をひたすら繰り返しているそうです。


↑グラッドウェル「ちょっと正しい場所を押してやれば、傾くんだ」 (Pop!Tech)

現代の社会において、ユーザーの信頼価値はドルやユーロの貨幣価値と同じで、注目(attension)はお金以上の価値があると言われていますが、新しい世紀に入って早15年、20世紀に主流になっていたビジネスモデルが360度変わろうとしており、それに乗り遅れたアメリカ大手の書店チェーン「ボーダーズ」は、アマゾンに市場を奪われて破産、レンタルDVDのチェーン「ブロックバスター」も、ネットフリックスが普及したことで同じ運命をたどりましたが、今後、同じようなパワーシフトが別の業界でもどんどん起きていくことでしょう。

ジェフ・ベソスはキンドルを開発する際、「物理的な本を売る人間、全員から職を奪うくらいのつもりで取り組んでほしい。」と担当者に述べていたそうですが、まずは時代の流れを完璧に理解し、焦点を確実に絞って、お金や時間を一気に投入することで、世の中を確実に「傾かせて」いく、これこそがイノベーションの原点なのかもしれません。

主な参考:
「ロングテール:売れない商品を宝の山に変える新戦略/クリス・アンダーソン」

「フリー:〈無料〉からお金を生みだす新戦略/クリス・アンダーソン」

「急に売れ始めるにはワケがある/マルコム・グラッドウェル」

「ジェフ・ベゾス ライバルを潰す仕事術/桑原 晃弥」

「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ/デイヴィッド・ミーアマン・スコット」

Eye Catch Pic by TEDx Somerville

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