June 27, 2015
21世紀最大の産業は観光「もういい加減、ゆるキャラや世界遺産に頼るのはやめろ。」

車や洗濯機、そしてスマホなど生活に必要なモノを一人一台持つ時代になり、欲しいものがあれば、楽天やアマゾンで注文と、とにかく「モノ」が世の中に有り触れるようになったこの時代、私たちは自分で稼いだ給料を何に使うことが一番幸せなのでしょうか。

よく貧乏人は物質的なモノを手に入れることで幸福を感じるため、貧乏人の家にはモノが多く、裕福な人たちは旅行など「体験」にお金を使うため、家にはモノが少ないと言われますが、恐らく必要なものがすべて揃った裕福な先進国の人たちが、次に求める「モノ」はアップルの最新製品ぐらいで、21世紀の消費は必然的に、「体験」にシフトしていくことが予想されます。


↑自分の住居、車、洗濯機、PC、スマホ、全部手に入れた。もうこれ以上の「モノ」は求めない。(nataliej)

21世紀最大の産業は自動車産業でなければ、宇宙産業でもなく、「観光産業」になると言われており、UNWTO(世界観光機関)によれば、1993年でその規模は自動車産業を抜き、今後、ブラジル、ロシア、中国、そしてインドなどから中間層が生まれ、海外旅行に行くと予想されることから、現在、世界8億人の観光人口が、2020年には2倍の16億人に増加すると言われています。

さらに、ボーイングの長期予想によると、現在、1万9000機の民間飛行機が空を飛んでいますが、20年後にはそれが3万5000機に増えると見込んでおり、人々が求めるニーズとインフラが一致したことで、自国を飛び出し、新しい体験を海外に求める人たちが、今後どんどん増えていくことは間違いありません。(人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか/高城剛)


↑次の5年で、世界の観光人口は2倍に増える。(Charlotte90T)

そんな中、マスコミや政府関係者は、京都などに外国人観光客が増え、日本を訪れる外国人が過去最高の1300万人に達したと騒ぎ、日本も世界を代表する「観光大国」の仲間入りをしたと報じていますが、観光客が年間8473万人と自国の人口よりも多くの人が訪れるフランスをはじめ、アメリカ、スペイン、そして中国など、世界を見渡せば日本の1300万人の2倍、3倍なのは当たり前であり、日本は「観光大国」には程遠い、「観光後進国」になってしまっていることに早く気づかなければなりません。


↑自国の人口よりも、多くの観光客が訪れるフランス。(Moyan Brenn)

例えば、2010年にウォール・ストリート・ジャーナル紙が発表した、日本を含むアジア・太平洋地域のトップの観光産業国はGDPの14%を占めるカンボジアで、2位は9.5%のマレーシアと香港が続きますが、日本はそれよりも遥かに劣る0.3%しかなく、2001年の観光GDPで比較すると、スペインは日本の50倍もの観光産業が発達していることになります。


↑日本の50倍も観光産業が発達しているスペイン。(Juan Salmoral)

スペインの観光戦略で興味深いところは、日本のように「おもてなし」と国家全体で戦略を打ち出すのではなく、その地域をもっともよく知る人たちに徹底的に戦略を考えさせ、行動させるようにしているところで、例えば、マドリードの観光戦略にはサッカーの名門チーム、「レアル・マドリード」が含まれていますが、観光都市世界一となったバルセロナでは、世界最強として有名な「FCバルセロナ(バルサ)」は観光戦略には含まれておらず、これはその年の成績が観光に影響してしまうのを避けるためと、バルサは市民のためのチームであって、観光客のためのチームにしたくないという市民の想いがあるようです。


↑バルサは市民のものであって、観光資源ではない。(Börkur Sigurbjörnsson)

スペインのサン・セバスチャンという街では、伝統的な料理界の弟子制度を廃止し、様々な場所で学んできた料理人たちが、スキルを故郷に帰って共有し、「レシピのオープン・ソース化」によって、わずか10年程度で人口一人あたりのミシュランの星の数が世界ダントツ一位になりました。

サン・セバスチャンでは地元のビスケー湾で獲れた魚で料理することが基本で、共有されたレシピと地元の新鮮な素材で作られた料理は、マドリードやバルセロナ、もちろん東京のスペイン料理では食べることができず、間違いなく「サン・セバスチャンでしか食べることができない料理」であるため、わざわざ現地を訪れる価値があると言えます。


↑サン・セバスチャンに行かなければならない、ダントツの理由がある。(sanfamedia.com)

2010年にミシュラン2つ星を獲得して以来、予約が殺到しているデンマークの「ノーマ」も地元の素材、伝統的な調理法で料理を提供しています。

東京湾で獲れた旬の魚で握るのが江戸前鮨の基本であるように、江戸前鮨を提供し続けるためには、まず東京湾を綺麗にする努力から始めなければなりませんが、外食チェーンは増えるばかりで、まず食文化に対する考え方から変えていかなければならないのかもしれません。


↑最高級の食材は、最高級の自然から。(R23W)

バルセロナやサン・セバスチャンが独自の文化を作り上げ、観光産業を盛り上げているのに対して、日本は各自治体で誰に何を伝えたいのか分からない「ゆるキャラ」を作ってごまかそうとしたり、世界遺産に登録されれば、自動的に観光客がやってくるだろうと安易に予想しているところを見ると、とても観光立国になるために真剣に考えているとは思えません。

さらに、JR東海は「そうだ、京都へ行こう」というキャッチコピーを作って、京都観光をアピールしていますが、京都で外国人観光客が落とすお金は一人あたり1万3000円程度と、国際観光都市の水準と比べてかなり低く、結局儲かっているのは交通機関のJRだけだというデータもあります。(新・観光立国論/デービッド・アトキンソン)


↑ゆるキャラはただの笑いモノ。(Sylvain Gamel)

ゴールドマン・サックスのアナリストとして活躍し、現在は日本全国の国宝や重要文化財の補修を行う「小西美術工藝社」の代表を務める英国人デービッド・アトキンソン氏は、日本の観光産業が他の国と比べて劣っているのは、ゴールデン・ウィークに代表される日本の祝日にあると指摘しています。

日本は世界で5番目に祝日が多い国で、国内の観光客が短期間集中しやすいのが特徴ですが、裏を返せば、ゴールデン・ウィークになれば、そこまで苦労しなくても観光客がやってきてくれるため、次から次へとやってくる観光客をどう効率的にさばくかが、ホスピタリティーよりも優先されてしまい、脳みそに汗をかいて観光戦略を考えようとしません。


↑ゴールデン・ウィークは、ほっといても観光客が押し寄せる。(Chris Gladis)

これは東京オリンピックを5年後に控えた現在の状況にも似ていて、極端な話、世界中が注目するイベントがあるわけなので、何もしなくても外国人観光客は右肩上がりに増え続けますが、問題はオリンピックが終わった後のことで、日本の歴史や文化に興味がある知識階級層や旅慣れた旅行者に、「京都の次」となる場所やモノをこちらから提案していかなければなりません。


↑京都の次がなければ、日本へのリピーターは増えない。(Moyan Brenn)

毎年、世界の幸福度ランキングで1位になるデンマークには、デンマーク人の幸せの秘訣を探ろうと毎年多くの人が訪づれますが、フォーブス誌はある旅行者のエピソードを次のように紹介しています。

ある女性がデンマークに滞在中、乗馬に行ったところ、現金でしか支払いは受けつけないと言われたため、近くにATMはないかと係員に尋ねたら、支払いは乗馬を楽しんだ後でよいと言われたらしく、この女性は、デンマークの人たちは互いに信頼しあっているだけではなく、よその国から来た見知らぬ人のことまで信頼してくれるのだと感じたそうです。(新・観光立国論―モノづくり国家を超えて/寺島 実郎)


↑毎年多くの人がデンマークを訪れるのには、しっかりとした理由がある。(Jack Fussell)

H.I.Sの創業者である澤田秀雄さんは、H.I.Sの社内では猛反対を受けながらも、1992年の開業以来、一度も黒字になっていなかったハウステンボスの再建に乗り出し、「ディズニーランドを越えよう」、「本物のオランダ以上の価値を出そう(ハウステンボスはオランダの街並み意識して作られている)」と指揮を取り、無料エリアにベンチャー企業や娯楽施設など勧誘して、最終的にはエコロジーとエコノミーが融合した観光ビジネス都市を長崎に作ろうとしています。


↑一時は無料にしても、人が入らなかったハウステンボス。(FarTripper)

ハウステンボスが開業した1992年当時、日本人にとってオランダは遥か遠くの国で、一生に一度行けるか行けないかの場所でしたが、現在は、時期さえ選べば、東京からハウステンボスに行く予算に少し上乗せするだけで、オランダに行けてしまうため、ハウステンボスは本物のオランダ以上の価値を出さなければ、お客さんは来てくれません。(運をつかむ技術/澤田秀雄)


↑黒字化したハウステンボス「本物のオランダ以上の価値を」(Wei-Te Wong)

ハウステンボスはほんの一例ですが、その他にも、日本は1平方キロメートルあたりの動物、植物の数は世界一を誇っており、さらに、ユネスコ無形文化遺産になった和食、そしてマンガ、歌舞伎、お寺など、日本はフランスやスペインと同じように観光立国になる気候、自然、文化、食事の4つの条件を完全に満たしているにも関わらず、外国人観光客が1300万人しかいないのは、あまりにももったいないように思います。


↑気候、自然、文化、食事、日本は観光立国になる条件がすべて揃っている。 (Bong Grit)

ハウステンボスが開業した1992年、ソニー創業者の一人である盛田昭夫氏はある総合雑誌に「日本型の経営が危ない」という論文を発表し、「良いもの安く」という哲学で、大量生産と低価格を武器に世界市場を攻略していった当時の日本型の経営にイエローカードを突きつけ、労働時間の短縮や環境保護、そして社会貢献など、いくつかの改善案を提示しました。

それから20年以上経ち、この20年間、日本は成果報酬などを導入して、無理やり経済を立て直そうとしてきましたが、この20年で私たちが失ったものは「お金」でも「時間」でもなく、政治学者サミュエル・ハンティントンが指摘する「日本文明」そのものだったのかもしれません。


↑この20年で失ったものは、お金でも、時間でもなく、日本文明そのもの。(tuxedokatze)

バブル崩壊以来、日本は過去の栄光を取り戻そうと、様々なことを行ってきましたが上手く行かず、また観光立国などと言われたところで、机上の空論で終わってしまう可能性もあります。

よく日本では、正論が通らないと言われますが、日本に20年以上住む英国人デービッド・アトキンソン氏は、日本文化を客観的に分析して次のように述べています。

「事実を客観的に分析して、その結果がどんなに都合が悪くても、人間関係を悪化させようとも、建設的な話ができると信じて指摘した結果、反発を招く。」(新・観光立国論/デービッド・アトキンソン)


↑この国では正論が通らない。(tokyoform)

しかし、「反発」が強く、周りから絶対に変えることができないと言われても、何度も何度も問題を指摘し続けているうちに、何かの拍子で正論が通ったことを何回か経験しているとアトキンソン氏は述べており、「反発」が強ければ強いほど、この現象が起こる可能性が高いと言います。

21世紀最大の産業である、観光産業がいまだに建設中心の国土交通省の管轄内にある間は、当分動きは遅そうですが、それを壊すのがスタートアップなのか、H.I.Sのような大企業なのか、それとも全く違う分野の人たちなのか、2020年の東京オリンピックまで残された時間は、もうほとんどないように思います。

※【訂正】記事を出した当初、スペインの観光GDPは日本の50倍とありましたが、これは2001年のデータをもとに計算したものでした。2013年の日本の観光GDPは16,865,000,000、スペインは67,608,000,000なので約2.3倍ほどしかありませんでした。申し訳ございませんでした。

参考&引用書籍 (人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか/高城剛)、(新・観光立国論/デービッド・アトキンソン)、(新・観光立国論―モノづくり国家を超えて/寺島 実郎)、(運をつかむ技術/澤田秀雄)、(H.I.S.澤田秀雄の「稼ぐ観光」経営学/木ノ内敏久)

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