July 23, 2015
スピルバーグからゴールドマンサックスCEOまで「学習障害などで、圧倒的に不利な立場の人たちの方が、イノベーションを起こす確率はずば抜けて高い。」

歴史上の戦争を振り返ってみると、国力や兵力、そして資金力において、圧倒的な力を持ちながら、大国が小国に敗れてしまうことが数多くあり、政治学者のアイヴァン・アレグィントフトが、人口および兵力が10倍以上の開きがあることを条件に紛争の勝率を調査した結果、小国が勝つ確率は28.5%、さらに小国が大国と真っ向勝負をせず、ゲリラ戦法のような手段を取った場合の勝率は63.3%まで跳ね上がりました。

この調査から考えると、アメリカの人口はちょうどカナダの10倍くらいなので、もし両国の間で戦争が勃発し、カナダが型破りな戦法を取った場合、カナダが勝つ確率の方が高いということになり、世の中では圧倒的に不利な状況に置かれながらも、あえて戦う姿は美しく映りますが、多くの場合は巨人の力に圧倒されて、逃げ出してしまうことがほとんどです。


↑ カナダとアメリカの間で戦争が勃発した場合、カナダが勝つ確率は十分にある (Les Haines)

確かに最近のベトナム戦争やイラク戦争などを見ても、圧倒的な力を持っているはずのアメリカがなぜか戦争に勝つことができませんが、これは国と国との紛争だけではなく、企業 vs 企業、そして個人 vs 個人でも同じことで、実は「圧倒的に不利な状況」が、時に有利に働くことがビジネスの世界でもよく見られます。

中でも興味深いのが、成功しているアメリカ人起業家の約33%はディスレクシアという読み書きが上手くできない、学習障害を抱えており、中でもリチャード・ブランソンやジョナサン・アイブ、そして6時間格闘しても、20ページも本を読み進められない障害を持ちながらゴールドマン・サックスの社長にまで成り上がったゲリー・コーンなどはあまりにも有名ですが、ビジネス界以外にも、トム・クルーズやキアヌ・リーブスなど、学習障害を持った人は数多くおり、スティーヴン・スピルバーグは現在でも本や脚本を読む際は普通の人に比べ、2倍の時間がかかると言います。


↑ゴールドマン・サックスのトップまで登りつめたゲリーは、6時間で20ページも本を読めなかった (World Economic Forum)

ディスレクシアの人たちは読み書きができない分、普通の人が身につけることができないスキルを身につけて、その学習障害をカバーしようとし、例えばハリウッドの有名プロデューサーは読み書きが苦手なため、テストで良い点を取ることができないことから、追試を受けるための「交渉力」を身につけたと述べていますし、あのリチャード・ブランソンの飛び抜けたコミュニケーション能力は読み書きが苦手だったために、昔から読み書き以外の方法で常にコミュニケーションを取ってきたために、身に付けた能力だと言われています。

これはディスレクシアでない人も同じことで、例えば物理学を勉強する時、酷いライティングで書かれ、翻訳もメチャクチャな教科書で学ぶ方が、理解するために集中し、何度も読み返して頭に入れようとするため、しっかり学ぶことができます。


↑明らかな欠点があったからこそ、人とは全く違ったやり方を身につけた (JamesDPhotography)

シリコンバレーでソフトウェア会社を経営していたインド人起業家のラナディヴェ氏はある日突然、娘が所属するバスケットチームの監督の就任しますが、ほとんどの選手は身長も低ければ、ドリブルやシュートもまともにできない素人でした。

しかし、彼がアメリカに渡った時、ポケットには50ドルしかお金がなく、そこからはい上がってきた彼は、負けず嫌いで、なんとかチームを強くしようと考え、彼の数学力とコンピューターのアルゴリズムを使って、弱小チームが勝つための公式を弾き出しました。

その戦略とは、ドリブルやシュートがまともにできないオフェンスはすべて捨てて、ディフェンスだけに集中し、試合中は徹底的に
フルコート・プレス(常にプレッシャーをかけ続ける、積極的なディフェンスのスタイル)をかけ続けることで、素人同然のチームがなんと全国大会にまで出場しました。(※通常、フルコート・プレスは体力的な問題で2〜3分ぐらいしかもたない。)


↑負けず嫌いだった彼は、弱者が強者に勝つための公式を弾き出した (Tom Brown)

バスケットボールには5秒ルールと8秒ルールというものがあり、5秒以内にスローインをして、8秒以内にコートの半分を超えて、フロントコートまでボールを運ばなければなりませんが、チームにはそれをさせず、奪ったボールはすべてレイアップで得点するという方法で勝利していき、試合のほとんどが4-0、6-0、8-0などの完封試合でした。

試合中、ずっとディフェンスをし続けるためにはかなりの体力が必要になるため、練習の大半は走り込みばかりで、とても楽しいものではありませんが、誰もやりたがらない「努力」は、弱者が強者に勝つための唯一の手段であり、成功するスタートアップが上場企業よりも長く働き、誰もやりたくないことをひたすら長時間やっているかと言えば、恐らくその答えは「Yes」でしょう。


↑弱者が強者に勝つためにオフェンスは捨て、ディフェンスだけに集中 (Keith Wills)

1960年初頭、マーヴィン・アイゼンスタットという心理学者がアーティストや起業家など、先入観を取り払って斬新なことをする人たち699人を徹底的に約10年かけて調査したところ、子供時代に片方の親を無くしている人がやたら多いことに気づきました。

入手できる情報を頼りに調べたところ、対象者の約25%が10歳までに片方の親を失っており、15歳までだとその割合は34.5%、そして20歳まででは45%までになり、歴史学者のルシル・アイルモンガーの調査でも、イギリスが世界最強だった19世紀に、首相にまで登りつめた人のなんと67%が、16歳までに片方の親を無くしていることが分かりました。


↑イギリス首相だけではなく、アメリカ大統領にも同じ傾向が見られた (mirsasha)

ある心理学者は、才能に恵まれた子供がそれを生かしきれずに終わる理由は、恵まれ過ぎている家庭が原因であることが多いのに対し、天才は逆境で育つ傾向が多いと述べていますが、ここから片親がいない方がイノベーターになりやすいと考えるのは明らかに間違っています。

なぜなら、子供時代に片方の親を失って犯罪などを犯し、受刑者になる確率は普通の人と比べて2〜3倍も高く、親の存在が不可欠なことは変わりありませんが、親の不在は良くも悪くも子供の人生を直撃することになるからです。


↑親をを失うことが、子供にとって最大の悲劇であることは変わりない (Juan Pablo Colasso)

また、企業にしても、子育てにしても、金銭的なハンディキャップが成功に影響するかは、非常に興味深いところですが、例えば子育てに関しては、年収750万円まではお金と良い子育ての関係は比例しますが、それを超えると大きな差はなくなり、富は人をダメにするため、貧乏でも金持ちでもない真ん中辺りが一番上手いくと言います。

最近では、ベンチャー投資家がスタートアップ企業などに資金を渡しすぎてしまうことがありますが、「資金が自由になったら?」と起業家に尋ねることは、太った人に「もしアイスクリームの栄養価がブロッコリーと同じだったらどうする?」と聞くようなもので、お金を使わない遊び方が一番クリエイティブだと言われるように、時にお金がありすぎることが不利になることもあるようです。


↑お金は人間をダメにする可能性がある (Matt)

第二次世界対戦が勃発し始めた頃、ドイツ軍がロンドンに攻撃を開始し、死者は4万人、負傷者は4万6000人、そして損壊した建物は100万棟にものぼり、特にイースト・ロンドンは壊滅的な被害を受けましたが、ロンドンの市民は意外にもそれほどパニックにならず、冷静さを保っていたそうで(むしろ、無頓着に近い不思議な態度だったという)、他の国でも、同じように激しい空爆を受けても、住民は意外と平然としていたことが分かってきました。

カナダ の 精神科医 J・T・マカーディは、この理由を説明するために、戦争の被害にあった人達を3つのグループに分けました。

一つ目のグループは「戦争で亡くなった人」(すでに亡くなっているので実験には関与しない。)、二つの目のグループは「ニアミス・グループ」と呼ばれ、目の前で建物が壊され、自らも負傷しながらも命だけは何とか助かった人たち、そして三つ目のグループは「 リモート ミス・グループ」と呼ばれる人たちで、彼らは敵の爆撃機が上空を飛ぶのを目にしたり、隣のブロックに爆弾が落とされたが、自分たちはほとんど被害を受けなかった人たちのことを指します。


↑ドイツの攻撃を受けて、ロンドンは壊滅したが、市民は意外と冷静だった (Leonard Bentley)

ロンドン市民は空爆が始まる前、空爆が始まったらどんなに恐ろしいだろうと予想しましたが、直接的に被害を受けなかった「 リモート ミス・グループ」は、何ヶ月も何ヶ月も爆弾が落ちてくるなかで、思ったほど恐ろしくなかったと感じたそうで、逆に事前の恐怖と今の実感の落差が自信につながり、それが勇気の源になったと言います。

実際、ドイツ軍には皮肉なことに、ロンドンの大空爆で心に傷を負った人よりも、強烈な高揚感で勇気を得た人の方がはるかに多くいたと言われており、ロンドン市民を恐怖に落とし入れようとしたドイツの空爆は、逆にロンドン市民に勇気を与えてしまったことになります。


↑困難をくぐりぬけた後、「思ったよりきつくなかった」と感じた時、勇気は湧いてくるものらしい (pellethepoet)

このようにどんな災害や困難でも、必ずいつか終わりを迎え、文字を読む能力が低かった人たちは、それを克服するために新しいスキルを身につけ、若い頃に片方の親を亡くした人たちは、耐え難い環境を経験しますが、その中の10人に一人は強い精神力を発揮し、戦争を生き延びた人たちは新しい共同体を作り、戦後の新しい国を作っていくことでしょう。

しかし、この逆境や困難に立ち向かう方法を一冊の本にしたマルコム・グラッドウェルは、このような話を聞いて、自身に問いかけるべきことは、「わが子に何を望むか」ということではなく、「子ども時代に心に深い傷を負いながら、それを乗り越えてきた人がいないと、社会は成り立たないのか」という問いで、これまでの国の発展や、企業の発展を見る限り、私たちはこの問いに「Yes」と答えざるをえません。

「若い時の苦労は買ってでもしろ」とよく言われますが、現在、平和であった日本が少しずつ乱れてきていることを考えると、苦労をした人、もしくは苦難に立ち向かおうとする人たちが、少しずつ減ってきてしまっているのかもしれません。

※今回の記事はマルコム・グラッドウェルの
「逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密」という本を参考にしました。素晴らしい本なので是非読んでみて下さい。

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