November 28, 2015
矢沢永吉「音楽を書きながら経営者になるアーティストがいないんなら、オレが最初になってやるよ。」

イラスト:リーディング&カンパニー

よくビジネス書を読んだり、著名人の発言を聞いていると、自分の好きなことを仕事にすることが成功するための一番の近道だと言われますが、残念ながら現実は、好きなことをやって食べていける人は限られていますし、子供の頃から、1日中ギターを弾いていたジョン・レノンも保護者のミミ伯母さんから、「ジョン、ギターでは食べていけないのよ」と言われ、音楽で食べていくにはどうしたら良いか必死で考えた結果が、ビートルズの成功だったとも言われています。(1)


↑考えに考え抜かないと、好きなことでは食べていけない。 (Seven_Seas_Photography)

タオルやキーホルダーなど、すべてのキャラクターグッズを自分の会社で管理している矢沢永吉も、ビジネスと音楽はすべてビートルズから教わったと述べていますが、これからの時代、クリエイティブ産業がどんどん伸び、アーティストと呼ばれる人が増えていくなかで、企業の食い物にされず、自分を食いつないでいくためには、自分の作品を“価値を価格に変える”という概念をしっかりと持っておく必要があります。(2)


↑クリエイティビティで食べていけないと言われた若者が、考えついたのがビートルズ。 (Roger)

ビートルズは下積み時代、ストリップ劇場で演奏をしていたという話がありますが、ストリップ劇場に来ている客を相手するというのは、思っているほど簡単なことではありません。

なぜなら、ストリップ劇場に来ている人たちは、音楽を聞きに来ているわけではなく、女性の裸を見に来ており、さらに欲求不満で気がたっているため、このような人たちを満足させるには、相当のインパクトが必要になってきますが、日本でもビートたけしや矢沢永吉など、限りなく多くの人に受け入れられているアーティストが、修行時代をストリップ劇場で過ごしており、「ビートルズのビジネス戦略」の著者、武田知弘さんはビートルズの成功要素である、「一瞬で注目させるインパクト」や「どんな人でも楽しませる躍動感」は、このストリップ劇場で培われたのではないかと述べています。(3)


↑創造性で食べていくためには、全く関心のない人も一瞬で振り向かせるスキルが必要。 (philippe leroyer) 

ジョン・レノンは「ビートルズは、どうすれば売れるのか?」を冷静に分析し、当時はレコードの中でも副産物的な存在に過ぎなかったアルバムの内容を充実させ、史上初のコンセプト・アルバム(現在販売されているような、ある一定の物語になったCD)を作成することで、売上を大幅に伸ばし、さらに当時は多くのコンサートを行ない、あちこちのラジオ局を回るのが主流だった宣伝方法を、世界で初めてプロモーション・ビデオを作ることで、一夜にしてビッグ・スターが誕生するビジネス構造を作り上げました。(4)


↑どうしたら売れるのかを徹底的に分析し、創造性で食べていける方法を模索し続けた。 (Marco Raaphorst)

また、当時の音楽著作権ビジネスはとてもいい加減で、レコード会社の力が圧倒的に強く、自分たちではマネタイズができないアーティストの足元を見て、作品をただ同然で買い上げていくことも普通だったようですが、ビートルズは音楽出版社との取り分を半々にし、なおかつ出版社の株も半分ビートルズが持つという画期的なやり方で、自分たちのビジネスを形にしていきました。(5)


↑アーティストとビジネス感覚を同時に持つ。 (Frits Ahlefeldt-Laurvig)

そのビートルズの楽曲が莫大なお金を生む資産になるにつれて、楽曲の著作権は様々な人の手に移りますが、この様子を子供ながらに見ていた矢沢永吉は、「自分の曲はちゃんと自分で守らなくちゃ」と考えるようになったそうで、若い時から自分の会社設立準備を着々と進めており、自伝「アー・ユー・ハッピー?」の中で次のように述べています。(6)

「音楽を書きながら経営者になるアーティストがいないんならオレがなってやるよ。音楽をやるヤツは経営者になっちゃいけないなんて誰が決めた?」


↑おい、アーティストが経営者になっちゃいけないなんて誰が決めた?(Kmeron)

矢沢さんは音楽をつくるのと、権利のことを同じくらいの価値観で見ないと本当の一流になれないとして次のようにも述べています。(7)

「ビル・ゲイツはコンピューターのプログラムを書く天才だ。彼だって一歩間違えれば、ただの技術屋で終わっていたかもしれない。お金を持っている資本家に使われて、さんざん利用されて、使い捨てられたかもしれない。」


↑ビル・ゲイツも一歩間違えれば、ただのエンジニアで終わっていたかもしれない。 (OnInnovation)

矢沢さんによれば、経営的な才能が音楽的な才能をスポイルすることはなく、自分はあくまで「自分の才能」を守るために、ビジネス的感覚を持っているとして、冷たい目でビジネスをやる企業家や投資家とはテイストが違うとはっきり述べています。

「アーティストとしては、あそこでレーザー光線でパンと飛ばして、こういうふうにやろうよと言う。でもそのとき同時にいくらかかるんだよ。3000万円?痛いなあとも思うよ。 “痛いな”と“やりたいな”がオレのなかで同居している。」(8)


↑「やりたいなぁ」と「痛いなぁ」という概念を持つ、それがビジネス・アーティスト。 (Kmeron)

これは芸術家も同じことで、歴史に名を残したアーティストでもお金に恵まれていた人はあまり多くなく、ゴッホの絵で生前に売れた絵はたった一点しかなく、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロも材料費を踏み倒されそうになったり、お金が長い間支払われなかったりと、とても金銭的に恵まれていたとは言えませんでした。

しかし、20世紀を代表する画家ピカソに至っては、19世紀後半に急成長していた画商というビジネスを見抜き、創造性のマネタイズのプロセスを理解することで、美術史上最も経済的に成功した画家だと言われており、新しい絵を描き終えると、なじみの画商を呼んで、展覧会を開き、作品を描いた背景や意図を細かく語ることで、自分の絵の価値をどんどん上げていきました。


↑創造性のマネタイズする天才でもあったピカソ。 (CyberHades)

ある日、ピカソがレストランを訪れるとウエイターがピカソに、「このナプキンに何か絵を描いてもらえませんか?もちろん、お礼はします。」と述べました。

ピカソはそれに答え、30秒ほどで小さな絵を描き、にっこり笑って、ウエイターにこう言いました。

「料金は100万円になります。」

ウエイターは驚いて、「わずか30秒で描かれた絵が100万ですか?」と聞くと、ピカソはこう答えたそうです。

「いいえ、この絵は30秒で描かれたものではありません。40年と30秒かけて描かれたものです。」(9)

ピカソがウエイターに何を言いたかったかは定かではありませんが、恐らく才能や創造性とは、長期間の努力とコミットメントの結晶であり、目に見える結果だけではなく、そこにたどり着くまでのプロセスに本当の価値があるため、それをウエイターに分からせるために100万円と言ったのではないでしょうか。


↑30秒のスケッチでも100万円です。 (rocor) 

さらにピカソは、買い物をする時は現金で支払うのではなく、小切手を使っていました。なぜなら、自分の名声を上げていく中で、 ピカソから直筆サイン入りの小切手をもらった商店主は、それを現金に替えず、小切手を作品として部屋に飾ったり、大事にタンスにしまっておくことをピカソは知っていたため、ピカソは現金を使わず実質無料で買物をすることができました。

このようなところからも、ピカソは新しいものを作り出すには、もの凄いお金と時間がかかり、それを続けるにはしっかりとしたビジネス感覚を身につけることが大切だと理解していたのかもしれません。


↑本当に良い作品を作り続けるための鋭いビジネス感覚。 (Todd Lappin)

フィギュア一つが16億円で落札された経験を持つ、現代美術家の村上隆さんも他にないものを生み出すためには研究に没頭する必要があるため、ビジネスセンスやマネージメントセンスがなければ、芸術制作を続けることができないことを理解した上で、次のようにも述べています。(10)

「要望を理解した上で、それに応え、同時に確信犯的に聞き流す反逆的な作品も残すというような生き方を確保しなければ、芸術家の活動は経済的に破綻します。」


↑ただの言いなりになる芸術家は、いずれ破綻する。 (BFLV)

音楽やアート、そしてその他クリエイティブ・コンテンツにしてもそうですが、SNSやストリーミング・サービスの普及により、コンテンツの消費の仕方や広がり方が大きく変化しており、ビートルズが初めてコンセプト・アルバムを作り、プロモーション・ビデオを作成して、新しいビジネスモデルを構築したように、現代のアーティストもテクノロジーの変化に敏感でなければなりません。

エアロスミスは「もうアルバムは作る意味がない」として、ダウンロードすることができないコンサートに力を注ぐ意向を表明していますが、経営者目線で常に変化し続ける矢沢永吉さんも
次のように述べています。

「YouTubeって便利だな、びっくりしたよ。俺の曲が気になったらどんどん見てくれたらいい、ダウンロードも歓迎。でも俺も、家族や社員に飯食わせなきゃいけないから、今後はライブで頑張るよ。ライブはダウンロードできないし、お客さんも喜んでくれるだろ。」


↑ダウンロードも無料視聴も大歓迎、でもライブに来てくれよな。(Youtube) 

アメリカのラッパーであるJay-Zは、レコーディング中の音源が入ったiPodを飛行機のどこかで無くしてしまい、それから毎朝、恐る恐るインターネットのどこかで公開されてしまっていないかと様々なサイトをチェックしていたそうです。

これがきっかけなのかは分かりませんが、 Jay-Zも以前のようにアルバムを売って収益を上げるやり方ではダメだと感じ、彼のヒップホップ・カルチャーに関連した、NBAチーム「ニュージャージー・ネッツ」やナイトクラブの経営、そしてミュージシャンである彼自身が、新しい音楽ストリーミング・サービス「Tidal」を約56億円で購入し、自分自身の業界に大きな変化を起こうそうとしています。

「I’m not a businessman, I’m a business, man, (オレはビジネスマンじゃねぇ、オレ自身がビジネスなんだ。)」—Jay-Z


↑オレの歌ではなくて、オレ自身がビジネスだ。 (Ronnie Dyrcz)

ただ、アーティストにしても、芸術家にしても、ファンや購入してくれる人がいて初めて食べていくことができますが、「ファンがすべて」、「お客様は神様」という綺麗な考え方ではなく、自分が全力投球できるところに、ファンやお客さんがいて、矢沢永吉のように「これはオレの成功だ!」と堂々と言えるところに、ずっとお金を運んでくれるファンがついてくるのかもしれません。(11)

「“お客様は神様です”って聞こえはいいけど、それって結局、“お客様イコールマネー”って言ってるのとおんなじだ。そう考えるほうがよっぽど、うぬぼれじゃないか。(中略)もししオレが、“毎度ありがとうございます。あなた方に助けられました”と言ったら、もうファンは矢沢のことを愛さないだろう。」


↑ファンに窮屈になっちゃったら、ファンは維持できない。 (Kmeron)

また、日本でクリエイティブ産業を成立させるためには、アーティストが年収500万円ぐらいの収入を得られるしっかりとした土台を作ることを国やコミュニティ、そして1人1人の個人がサポートしていくことも大切です。

アメリカでは昔から、富を得た人は美術品などを購入し、社会貢献も含めてアーティストを支える文化がありますが、最近では企業の取り組みとしてアートを積極的にサポートする傾向があり、ドイツ銀行、カルティエ、プラダ、そしてルイヴィトンなどが美術館を建設したり、アーティストとコラボレーションをするなど、様々な形のインテグレーションが起こっています。(12)


↑村上隆さんとルイヴィトンのコラボレーション。 (Naoya Fujii)

フランスの経済学者であり、思想家でもあるジャック・アタリは、今後栄える産業はエンターテイメントと保険だと述べており、エンターテイメントとは、今までのような大衆ウケする映画のことを指すのではなく、人々の欲求を満たすためのアートや音楽、そして様々なクリエイティブ・コンテンツのことを指します。

同じことを繰り返す単純作業や、今までホワイトカラーの人たちが行っていた仕事が自動化されたり、海外にアウトソーシングされていきますが、エンターテイメントは1人1人の表現の仕方が全く違い、それを消費する人達も求める感性がそれぞれ違うので、どれだけウェブ上で無料公開されようが、人々を楽しませ続ける限り、需要は無くならないでしょう。


↑次の時代の成長産業はエンターテイメントと保険。 (Fondapol)

あとは、それでどうお金を生み出すかですが、10年、20年前はスターだった人たちがCDが売れないと嘆いているなかで、まだ有名でなかったビートルズがアルバムやプロモーションビデオなど新しい手法をどんどん生み出していったように、本当に今この瞬間が、新しい時代のビートルズになるチャンスなのかもしれません。

※主な参考
1.(ビートルズのビジネス戦略/武田知弘) P63〜64 2.(アー・ユー・ハッピー?/矢沢 永吉) Kindle P1202 3.(ビートルズのビジネス戦略/武田知弘) P56〜P58 4. (ビートルズのビジネス戦略/武田知弘) P4 5. (ビートルズのビジネス戦略/武田知弘) P190〜191 6.(アー・ユー・ハッピー?/矢沢 永吉) Kindle P1247 7.(アー・ユー・ハッピー?/矢沢 永吉) Kindle P1256 8.(アー・ユー・ハッピー?/矢沢 永吉) Kindle 9.(なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?/山口 揚平) Kindle P634 10.(芸術起業論/村上 隆) P51 11.(アー・ユー・ハッピー?/矢沢 永吉) Kindle P1966〜1979 12.(“お金”から見る現代アート/小山 登美夫) P170〜171
※その他の参考書籍
(成毛眞のスティーブ・ジョブズ超解釈/成毛眞)(ビートルズは音楽を超える/武藤 浩史)(「ほぼ、上場します」糸井重里の資本論/週刊東洋経済編集部)

/THE_BEATLES_STRATEGY