July 2, 2016
コカ・コーラは今すぐレッドブルを買収すべき「もうコカ・コーラは僕たちが大好きな飲料水ではない。」

(image:Flickr/Petras Gagilas)

長い間、それぞれの業界で大きな影響を持ち続け、世界的なブランドとして知られるコカ・コーラとナイキが、少し前まで聞いたこともなかったブランドに少しずつその地位を脅かされ始めています。

1949年創業のアディダスは70年近い歴史、1968年創業のナイキにも50年近い歴史がありますが、1996年創業でたった20年の歴史しかない「アンダーアーマー」というスポーツメーカーが現在急激に売上を伸ばし、2014年にはアディダスを抜き、アメリカNo.2のスポーツブランドにまで上り詰め、さらに、あるモルガン・スタンレーのアナリストは、世界的に見ても、売上No.1のナイキを射程圏内に収めたのではないかというレポートを発表しました。


↑創業20年のアンダーアーマーが、ナイキを王者から引きずり下ろす。 (Twitter/Under Armour)

アンダーアーマーは1996年に、アメリカンフットボールの選手であったケビン・プランク氏が、汗をかくと重くなり、パフォーマンスが落ちてしまうコットン製のアンダーシャツに不満を持ち、祖父の家の地下室で欠点を改良したオリジナルのシャツを作ったのが始まりです。

創業当時、 弱冠24歳で一年の売上が約170万円しかなかったにも関わず、大の負けず嫌いだったケビン氏は、毎年クリスマスの時期になると、ナイキの創業者であるフィル・ナイト氏に宛てて、「いつか必ず私たちのことを知ることになるでしょう」と書いたクリスマスカードを送り続けていましたが、アンダーアーマーはすでに世界的なブランドに近かったナイキと比べれば、規模、資金、そして知名度のすべてにおいて圧倒的な弱者であり、弱者の観点から、ナイキという王様に勝つための戦略を死ぬ気で考えなければなりませんでした。


↑「いつか必ずアンダーアーマーというブランドを知ることになるでしょう。」(University of Delaware)

圧倒的な強者であり、資金も知名度もあるナイキは各業界のスーパープレーヤーたちと次々と契約していきますが、弱者のアンダーアーマーは世間から全く注目されない選手とあえて契約し、その選手たちが成長して活躍する「下克上」のプロセスを自社のブランドイメージにすることで、消費者の共感をどんどん集めていきました。

これは世界でも圧倒的なブランド力を持つ、レッドブルも同じマーケティング手法を行っており、あえてアマチュアのアスリートやミュージシャンと長期的なパートナーシップを組み、契約書など一切交わさず、「アスリートと、夢を実現するのを後押ししたい」と口約束をするだけで、その後は彼らの挑戦する意欲や底から這い上がろうと必死になる姿が、毎年4,000億円近いレッドブルの市場を作り出していることになります。



↑知名度がない人が、物事に挑戦する姿に多くの人が共感を示す。 (Steve P.Z. Marquez) 

人々は商品を買った理由を問われると、「いい商品だから」、「品質が優れているから」、「美味しいから」などいろいろと理由をつけて説明しようとします。

しかし、実際、私たちは多くの決断を自分の感情の部分に委ねており、ドイツのコミュニケーション理論家、ノルベイト・ボルツ氏は現代社会はすでに資本主義から離れ、新しい段階に向かっていて、これからの時代は自分の商品のことなどは一切説明しなくても、イメージ、価値観、そしてイデオロギーなどといった「精神的付加価値」を提供することで、商品が自然と売れていく時代になるだろうと指摘しています。(1)

また、P&Gでマーケティングの責任者を務めたジム・ステンゲル氏によれば、ブランド面で特に優れている企業は、そうでない企業に比べて投資利益率(ROI)が平均して4倍も高く、米国の調査会社であるニールセンがブランド力とマーケティングシェアの相関関係を調べた調査によると、ブランドの強さと市場のシェアは68%の相関関係があることが分かっており、そのブランド力の強さによって20%〜40%高い値段を設定することが可能になります。(2)

https://twitter.com/UnderArmour/status/748957205437804544?s=20
↑圧倒的なイメージを与えることで、生まれる「精神的付加価値」

アンダーアーマーCEOのケビン氏はゴールドマンサックスが主催したカンファレンスで、「我々は1兆円規模のブランドを持っているが、まだ2,000億円規模のビジネスしかしていない」と述べています。

SNSのコンテンツなどを見ても、ナイキは商品のプロモーションをゴールとして考えているのに対して、アンダーアーマーは商品を売る前に「下克上のマインド」、「挑戦者の価値観」を伝えることを目的としており、SNSのファンの数はナイキの方が圧倒的に多いですが、アンダーアーマーはファンの数でSNSの費用対効果を見ることはまずありません。

https://twitter.com/Larrissa_Miller/status/710715377316040704?s=20
↑「挑戦者の価値観」を伝えることを目的として、数字で結果を測ることはない。

そして、レッドブルも数を意識した大規模なマス・マーケティングはあまり行わず、あえて一部の一般大衆を徹底的に楽しませることで、世界中の国で半分近くのエナジー・ドリンクのシェアを独占していますが、レッドブルCEOのディートリッヒ・マテシッツ氏はマーケティング戦略について次のように断言します。

「私たちが市場を作らなければ、(レッドブルの)市場は存在しない。私たちが商品をお客さんのところへ持っていくことはまずない。私たちは”お客さんを商品のあるところまで運ぶ役割”をしているのだ。」

https://twitter.com/redbull/status/748488944245944320?s=20
↑私たちが市場を作らなければ、(レッドブルの)市場は存在しない。

フォーブスのライターであり、大学教授でもあるPanos Mourdoukoutas氏は「なぜ、コカ・コーラはレッドブルを買うべきか」という記事の中で、体に悪いソフトドリンクの市場はどんどん縮小し、コカ・コーラが長い間独占してきたやり方が少しずつ時代遅れになってきている背景を指摘していますが、実際、コカ・コーラのブランドのピークは2000年前後で止まっており、売上も年々減り続けています。

また、あるイギリスの雑誌記者は、昔はみんな当たり前のようにコカ・コーラを飲んでいたのに、いまではそれがエナジー・ドリンクに主役を奪われ始めていると指摘し、レッドブルにしても、コカ・コーラにしても身体に良くないことは間違いありませんが、20世紀と21世紀のストーリーの伝え方で大きく差がついてきたことが伺えます。


↑もうコカ・コーラは若者がイメージするカッコいい飲み物ではない。 (Anders Adermark)

2013年、広告代理店のHill Hollidayは、「ようこそ!人間の時代へ」というレポートの中で、これからの人間中心の時代は、今までの工業社会中心の時代とは全く逆の思考で、ただお金でスーパースターと契約を結び、カッコいいイメージをできるだけ多くの大衆にバラまくのではなく、より自然で、より人間味のあるストーリーを”一人の人間”から”一人の人間”へ伝えることが大切だとしています。

当たり前のことですが、僕たちは企業から何か商品やサービス買うのではなく、「人間」から買います。そういった意味で、時代の先を行く企業は、「BtoB」や「BtoC」などという概念では戦略を考えず「HtoH」、つまり「Human to Human (人間から人間へ)」という概念を基に戦略を立てていくことになりますが、1998年に「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げ、すでにこの概念に気づいていた糸井重里さんの言葉は、インターネット時代の先を見据えるという意味ですごく印象的です。(3)

「ヒントはたぶん、グローバルの逆さ、かな。グローバルというのは、ローカルの意味なんですよね。僕がずっと興味あるのはそこ。インターネットでアフリカの先まで僕のメールが届くんだけど、同時に、隣の会ったことのないおばさんにまで届く。その狭さと無限の広さを両方いっぺんにイメージできるかどうか。」


↑「BtoB」や「BtoC」から「Human to Human (人間から人間へ)」

ソーシャルメディアで最も稼いだ男と言われるゲイリー・ヴェイナチャックさんは、自分のツイッターのフォロワーに対して、「みんな、おはよう!何か必要なものはあるかい?」とツイートし、「チーズバーガーが食べたい!」、「卵を切らしているんだ」などという返信をもらうと、本当にそれを1時間後に部屋の前まで届け、大勢の大衆ではなく、たった一人を徹底的に喜ばせる「One to One Marketing」を実践しました。

冗談で本当に届くとは思っていなかったユーザーは、「本当に届いたよ!」とそれをSNSに投稿し、それがどんどんSNS内で拡散されていったことで、ゲイリーさんの名が世の中に知られていきましたが、もしかすると、これからのマーケティングとはユーザーやお客さんを楽しませる以上に、自分が楽しみ過ぎてしまい、「マーケティング」という概念を忘れてしまっているぐらいでないと成功できないのかもしれません。


↑たった一人の人間を徹底的に喜ばせろ

ヴァージン・グループの創設者、リチャード・ブランソンが1994年、コカ・コーラに対抗するために「ヴァージン・コーラ」を作って、ニューヨークや東京などでユニークなプロモーション活動を行いました。

結局、ピーク時でもコカ・コーラの1%以下のシェアしか奪うことができませんでしたが、20年前はスマホやSNSなど必要なインフラも発達しておらず、当時はまだ時代がヴァージンに追いついていなかっただけかもしれません。

しかし、ここ20年で時代は大きく変わりました。多くの人が富、贅沢、そしてステータス・シンボルを追い求めた時代は終わりを迎え、近年の若者は富や贅沢よりも、スリルとエキサイティングな経験を求めるようになり、その会社のイメージと自分自身の理想を重ね合わせて考える傾向にあります。


↑やっと時代がヴァージンに追いついてきた (iStock)

スターバックスが「私たちはコーヒービジネスをしているのではない。人間ビジネスをしているのだ」と言うように、レッドブルの会社登記簿にも業務内容として、「レッドブル・ブランドの活用」としか記載がありませんが、もしかすると、これが「Human to Human (人間から人間へ)」時代の理想の企業形態なのかもしれません。

1.ヴォルフガング ヒュアヴェーガー「レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか」(日経BP社、2013年) P81 2.ジム・ ステンゲル「本当のブランド理念について語ろう “志の高さ”を成長に変えたトップ企業50」(CCCメディアハウス、2013年) Kindle 3.「ほぼ、上場します」糸井重里の資本論(東洋経済新報社、2015年) Kindle

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