September 26, 2015
お金は会社にとっての血液「お金が多すぎても、会社は絶対に病気になる。」

Pic_tokyoform_Flickr

会社を作ろうと色々調べてみると、「会社は誰のものか?」という問いが様々なところで見受けられ、特に欧米では、「会社は株主のモノ」と定義されることが多いようです。

日本経済が絶好調であった1980年代、会社は株主のモノでしかないというアメリカ式の「株主主権論」と会社は株主の持ち物ではなく、従業員のモノであるという日本的な「会社共同体論」との間で、大きな議論があったそうですが、1990年代に入り、日本経済が失速し始め、アメリカがIT革命と金融革命を謳歌して、急速に成長し始めると、アメリカ式の「株主主権論」を疑う人が少なくなり、この議論自体も消滅してしまいました。(1)


↑会社は株主のモノか?それとも従業員のものか?(tokyoform)

最近では、資本主義や欧米の合理主義が限度を超えてしまい、ポスト資本主義と言われる、何か新しい社会の仕組みを作っていかなければならないと多くの人が発言していますが、「法人」とは、本来ヒトでないモノなのに、法律上、ヒトとして扱われるモノのことを指し、この法人を株主の所有物として考えるか、それとも、社員全員のモノとして考えるかで会社の経営も大きく変わっていくのではないでしょうか。

さらに、日本のGDPの大部分は会社によって生み出され、日本の労働人口の多くが会社から給料を貰っており、日本の土地の何割かは個人ではなく、法人が所有していることを考えると、この「会社とは誰のものか?」という考え方ひとつで日本も大きく変わっていくことは間違いありません。(2)


↑「会社とは誰のものか?」考え方ひとつで経営も大きく変わる。(Scott Beale)

従来の日本企業の特徴としては、欧米企業に比べて比較的株主の発言権が弱く、株主は会社の経営にほとんど口を出すことができないので、社長も外部からではなく、社内から、さらに年功序列、終身雇用などの制度があるため、社員は高い忠誠心を持っており、経営者、社員、株主、そして顧客など「ヒト」を中心とした組織の中で経営がなりたっていました。

これは本田宗一郎さんや井深大さんなど、日本経済の基盤を作ってきた人たちの考え方にも非常に近いものなのではないでしょうか。(3)


↑従来の日本企業「ヒトの発言権が強く、株主の発言権が弱い。」(jetjam)

個人主義が強い欧米の文化では、本来ヒトでないモノをヒトとして扱う「法人」に対して気持ち悪い概念があるとして、強い抵抗があったそうですが、日本では「三菱さん」、「住友さん」と言うように、法人もしっかりとヒトとして考える方があり、会社は株主の所有物だとして、株主の利益を還元することを優先に考える欧米文化とは明らかに違いがあるようです。(4)


↑少なくとも1980年代、日本人の中では、法人も立派な「ヒト」だという概念があった。(Kārlis Dambrāns)

しかし、1990年代、バブルが弾け、日本が「失われた10年」に投入すると、多くの企業が海の向こうで金融とITで急成長している欧米式の経営を採用し始め、中でも日本経済の誇りでもあったソニーは20年前、グローバル化に対応するため、旧式の日本経営と決別し、当時は先進的な「はず」であったアメリカ型の経営を積極的に導入していきました。

1980年代ぐらいまでの日本企業は、「目に見えないヒトの価値」や「目に見えない資本」を大切にしてきましたが、日本経済が傾き始めたことで、成果報酬的な発想も導入され、最近では、「このプロジェクトは誰々の成果だ。」、「このプロジェクトへの貢献は、誰々が何%だ。」という感じで評価されるようですが、従来の日本企業の文化は全く逆で、「鈴木君はリーダーとして、このプロジェクトを成功に導いたな!」と上司に褒められても、「いえ、このプロジェクトの成功はメンバー全員のお陰です。」と評価を他のメンバーに譲り、「これは自分の成果だ!」と主張する文化はありませんでした。(5)


↑従来の日本組織には成功を他人に譲る文化があった。(Jose Oller)

2000年代、欧米型の資本主義が暴走し始め、「株主主権論」、市場を極限にまで自由にする「市場万歳主義」が力を強めると、日本でも当時ライブドアの堀江貴文さんが「お金で買えないモノはない。」と言って注目を浴びたり、短期間で成果を出すマーケターの神田昌典さんや村上ファンドの村上世彰さんなどが登場し、日本では欧米色がどんどん強くなっていきました。

経済学者である岩井克人さんは、特に、2005年の3月から4月にかけて、ライブドアとフジテレビによる買収合戦は、「会社はだれのものか?」を考える上で、これからも長く記憶され続けるのではないかと述べていますが、現代の資本主義の最大の欠点は、人間に焦点を当てず、ヒトを利益を最大化するためのチェスの駒のように考えているところで、日本を立ち直らせるためには、まずこの20年近く導入し続けている欧米式の考え方を止めなければなりません。(6)(7)


↑ ライブドアとフジテレビの攻防は色々な意味で、これからも長く記憶される。(Wally Gobetz)

確かに徹底的に効率や規模の大きさを求め、お金が力を持っていた20世紀であれば、アメリカ的な経営は十分に機能しましたし、現代のような豊かな生活は資本主義抜きにはありえなかったものですが、資本主義の次に来る新たな経済システム(ポスト資本主義)では、お金の力が弱まり、株主が会社の中心ではなくなってくると、会社の力のバランスがお金で買える機械設備から、お金では買えない人間の知識や能力へとシフトしていくのではないかと言われています。

歴史家のニール・ハウとウィリアム ・ハウは、時代の変換サイクルはおおよそ70年周期で起こっていると指摘し、日本の歴史を振り返ってみても、寛政の改革(1787年)、明治維新(1868年)、終戦(1945年)と70年前後で歴史が大きく動いています。

ここで重要なのは、大きな時代の変化が起こる時は、前の時代の英雄が戦犯になり、出世街道にいた人たちが職を失って、輝いていた職業が輝きを失うという現象が起こるということです。(8)


↑大体70年ごとに歴史的なイベントが起きる。(skept.org)

明治維新以前の親であれば、子供を立派なお侍さんにすることを夢見たと思いますし、戦前の子供が「陸軍大将になりたい」と言ったら親は飛び跳ねて喜んだのかもしれませんが、侍は身分を失い、戦争の指揮を取った 陸軍大将はたった数ヶ月の間に極悪人にされてしまいました。

そして、終戦からちょうど70年を迎える今年、新しい時代の転換期に戦犯となる前の時代の英雄は「成功=お金」という単純な図式で稼ぎ続けてきたビジネスマンや事業家だと、自分自身も戦犯である経営コンサルタントの神田昌典氏は述べています。(9)


↑ポスト資本主義の時代に戦犯になるのは、2015年以前に徹底的に稼いだビジネスマン。(Sam Graf)

確かに戦犯という意味では、2000年代、村上ファンドやライブドアショックなどで、拝金主義の英雄だった経営者が次々と逮捕されていきましたが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のジャレド・ダイアモンド 教授が1万年以上の人類の歴史に存在した様々な文明を分析したところ、歴史が大きなターニングポイントに差し掛かった時、生き残れるかどうかの命運を分けるのは「引き継ぐべき価値観」と「捨てるべき価値観」を見極められたかどうかの違いだったと述べています。(10)


↑歴史のターニングポイントで価値観を見極められるかどうか。(Photo4jenifer)

ビル・ゲイツ氏もすべてを市場に任せ、株主の利益を最大化させる、従来の資本主義を持続するのは難しいとして、資本主義を「創造的資本主義」にシフトさせないといけないと述べており、堀江貴文さんは「お金で買えないモノ」はないというかもしれませんが、機械や設備はお金で買える「モノ」であっても(20世紀はお金を持っていることが最大の強みだった)、ポスト資本主義に必要とされる、ヒトの知識や能力を、外部からお金でコントロールするのは不可能なのではないでしょうか。たとえ、そのヒトを奴隷化しても。(11)


↑ 暴走し続ける資本主義を何か新しいモデルにシフトさせていかなければ。(DFID – UK Department for)

ベストセラー作家のダニエル・ピンクも社員にお金を多く払うことで、モチベーションを上げたり、クリエティブな仕事をさせることは無理だと述べていますし、100年近くアメリカで採用されてきた 「株主主権論」や「成果報酬」の制度をいきなり日本に導入しても上手くいくはずがありません。(12)

「日本再発見塾」の運営委員でもある後藤健市さんは、現在の資本主義の状況について、次のように述べています。

「お金は経済にとって血液と言われるように無くてはならないものだが、血液なら多すぎると病気になる。世界中で起こっている金融関連の事件や、国家レベルの経済危機も、お金の量が増えすぎたことと、お金の質が変化(悪化)したことに、その根本原因があると私たちは考えている。」(13)


↑お金が多すぎても人々は病気になる。(Mary Lock)

では、資本主義がメインの経済システムで無くなるのであれば、2015年以降、どんな時代になるのでしょうか?

ピーター・ドラッカーは2002年に発売された「ネクスト・ソサエティ」という本の中で、社会の中心が会社という組織から、NPO(非営利団体)にシフトしていくとした上で、次のように述べています。

「20世紀において、われわれは政府と企業の爆発的な成長を経験した。だが、21世紀において、われわれは、新たな人間環境としての都市社会にコミュニティをもたらすべきNPOの、同じように爆発的な成長を必要としている。」(14)


↑2033年には、NPOが雇用の中心になる。(Feed My Starving)

ただ、資本主義や会社が急に無くなるわけではなく、カセットからCD、そしてiPodと変わっていったように、時代の流れに合わせて、少しずつ変化していくと思われますが、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスは新しい資本主義の形を「人助け」を主軸としたソーシャル・ビジネスだと定義しており、考え方を間違えなければ、ソーシャル・ビジネスから得られる個人的な報酬は、従来の資本主義的な企業よりも多いと述べています。(15)

ユヌス氏によれば、ソーシャル・ビジネスは従来のビジネスと同じ資本主義の中で行われ、コストを回収して事業を拡大していくためには、裕福な人々に高めの価格を負担してもらったり、社会的利益のためなら進んで自己を犠牲にする人たちを惹きつけなければならないため、「善人」に訴えかける力が大切だとしています。


↑ムハマド・ユヌス「資本主義の後に来るのは、”人助け”を主軸としたソーシャル・ビジネス」(Matthias Muehlbradt)

パタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナードは著書、「レスポンシブル・カンパニー」の中で、1960年ごろ、責任ある企業とは、株主に収益をもたらし、会計処理を適切に行う企業のことを指したが、最近では社会的責任や環境責任を高く評価する投資家が多いと述べています。

また、ハーバード・ビジネス・スクールの研究でも、昔は社会責任を重視した企業への投資は、サブプライム・ローンなどの金融商品に比べてリターンが少ない傾向がありましたが、最近では長期的に市場平均を上回る成績を残すようになってきています。

さらに、数十年前、アメリカで「企業の社会的責任」などを真面目に考える企業は笑い者にされましたが、現在では、世界トップに名を連ねる企業の5社に4社が収益に直結しない活動を行っており、そのような企業の方が消費者に支持されやすいと言います。(16)


↑社会責任を重視する企業は評価も利益も高い。(Vik Approved)

分かりやすく表現すれば、次の時代に活躍する起業家は、ヴァージンのリチャード・ブラウソン的素質とマザーテレサ的素質を上手く併せ持っている人物であり、これからやってくる新しい資本主義は、従来、「見えない価値観」や「見えない資本」を大切にしてきた僕たち日本人にとっては、とても「懐かしい」ものになっていくのではないでしょうか。(17)

日本の資本主義の父とも言われる、渋沢栄一さんは「右手に算盤、左手に論語」を掲げ、いくらビジネス的に成功しても、正しい道理の富でなければ、永続はできないと述べていますし、欧米人が自然を管理するものだと考えていたのに対して、日本人は「自然に生かされている」という感覚の中で生きていたことは、これからの日本にとって非常に大きな強みになっていくのかもしれません。


↑次世代の起業家はリチャード・ブラウソンとマザーテレサを掛け合わせた素質が必要。(Gilberto Cardenas)

ただ、現在のように、日本が欧米化の波に巻き込まれて、自然を破壊し、暴走する資本主義の中でもがいているのであれば、「自然と共存」することが大切だと、世界に呼びかける資格はないのかもしれませんが、今だに国土の占める森林面積が60%以上で、先進国の中で圧倒的に多いことを考えれば、それでもやっぱり日本人は自然が大好きな民族なのではないでしょうか。(18)

また、日本能率協会グループが2009年に行った調査では、日本の新任取締役・執行役員の約8割が、社会貢献をするために利益を追求する「公益資本主義」の考え方に同意しています。(19)


↑何だかんだ言って、やっぱり日本人は自然が大好きな民族。(Takuma Kimura)

オバマ政権は世界金融危機直後、金融業界を積極的に援助し、ヨーロッパはEUの創設、そして日本はTPP交渉への参加など、新自由主義を何とか維持しようとするエリートたちの生命力は凄まじいものがありますが、一方では、新しい時代に向かって着実に動き始めている人たちがいることも忘れてはいけません。(20)

2002年、世界中のリーダー達が集まるダボス会議の「社会起業家に会おう」というテーマのセッションの参加者は数名しかいませんでしたが、今や「社会起業家」はダボス会議でレギュラー扱いであり、社会起業家をテーマとするワークショップは、ダボス会議の中でも、最も高い評価を得ています。(21)


↑世界的な会議でも社会起業家の話題は尽きない。(Robert Scoble)

今だに会社設立となると、何年後には上場するという目標を立てる経営者がいますが、会社は株主の所有物だという概念が先行してしまうと、利益最大化が優先されてしまい、人を大切にしたり、社会貢献をしようとする理念が後回しにされてしまいます。

パタゴニアは上場していませんし、ヴァージン・グループに至っては1986年に上場しますが、1988年に投資家に上場時と同じ1株当たり140ペンスを返還して、会社を再び非公開にしました。創業者のリチャード・ブラウソンはその時のことを次のように述べています。(22)

「皮肉なことに、公開企業になったとたん、それまでの成功を支えていた経営手法がもはやとれなくなった。一夜にしてすべてが変わってしまっ た。(中略) 私はそのとき気づいた。やりたいことをやりたいようにするのではなく、株主価値を高めることがいまの存在理由だとしたら、わが社は上場企業として大成しないだろう。私はずっと、会社や事業というのは人々が集まって他の人々の暮らしをよくしようとすることだと考えてきた。それを四半期ごとのレポートでどうお金に置き換えろというのか? 大切な教訓を得たわれわれはついに白旗をあげ、1988年に必要な資金を調達して会社を再び非公開にした。」


↑私は「正しいことをする」と譲らず、会社を再び非公開にした。(Jarle Naustvik)

クリエイターの高城剛さんは、「お金を儲けるっていうことを考えた瞬間に、それはもう20世紀的発想で、リーマン・ブラザーズと一緒なんだよ。」と述べていましたが、従来の日本的な年功序列、終身雇用をそのまま維持するのは難しいとしても、やはり日本人には、利益よりも人や社会貢献を大切にする「日本型の経営」の方が上手く機能するのではないでしょうか。

そういった意味で、この「失われた20年」の中で、僕たち日本人が本当に失ったものは、「お金」でも、「時間」でもなく、「日本文明」そのものだったのかもしれません。


↑「失われた20年」で失った一番大切なものは、日本文明そのもの。(Jun Takeuchi) 

ビル&メリンダ・ゲイツ財団を立ち上げ、すでに時代の先を行っているビル・ゲイツは何千年、何世紀、何十年、どの単位で見ても世界は少しずつ、確実によくなってきており、行きすぎた資本主義の暴走を止め、一人一人が自分に与えられた役割をしっかり果たせば、この21世紀という時代を振り返った時、「今世紀が平和の世紀だったと胸を張って言える日が、きっと来るだろう。」と断言しています。

日本全体を見渡すと、政治も経済も20世紀の資本主義を維持しようと必死で、さらに暴走する資本主義の中に引き込まれていきそうですが、そこから脱却するためには、まずアメリカを追いかけるのを辞め、少し時間をとって、自分たちに一番合った「日本文化」を再度見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

↓※主な参考書籍↓

1.(会社はこれからどうなるのか/岩井 克人) P4 2.(会社はだれのものか/岩井 克人)P28 3.(新しい資本主義/原 丈人)P157 4.(会社はこれからどうなるのか/岩井 克人) P133 5.(新・資本主義宣言/水野 和夫・古川 元久) Kindle 2902 6.(会社はだれのものか/岩井 克人)P8 7.(ソーシャル・ビジネス革命―世界の課題を解決する新たな経済システム/ムハマド ユヌス) P17 8.(2022―これから10年、活躍できる人の条件/神田 昌典)Kindle P312 9.(2022―これから10年、活躍できる人の条件/神田 昌典) Kindle P334 10.(2022―これから10年、活躍できる人の条件/神田 昌典) Kindle 460 11.(会社はこれからどうなるのか/岩井 克人) P274 12.(モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか/ダニエル・ピンク)P3 13.(新・資本主義宣言/水野 和夫・古川 元久) Kindle P2143 14.(ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる/P・F・ドラッカー) Kindle P3500 15.(ソーシャル・ビジネス革命―世界の課題を解決する新たな経済システム/ムハマド ユヌス) P136 16.(レスポンシブル・カンパニー/イヴォン・シュイナード) Kindle 227 (これから資本主義はどう変わるのか/五井平和財団) P144 17.(新・資本主義宣言/水野 和夫・古川 元久) Kindle 2713 18.(新・資本主義宣言/水野 和夫・古川 元久) Kindle 518 19.(だれかを犠牲にする経済は、もういらない/原 丈人・金児 昭) P54 20.(資本主義の預言者たちニュー・ノーマルの時代へ/中野 剛志) Kindle 167 21. (これから資本主義はどう変わるのか/五井平和財団) P172 22.(ヴァージン・ウェイ R・ブランソンのリーダーシップを磨く教室/リチャード・ブランソン) Kindle 1987 23. (これから資本主義はどう変わるのか/五井平和財団) P14〜P21

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