August 9, 2015
スターバックスの店員が個人的な感情を表に出さず、いつも笑顔でいられる理由「自制心は筋トレのように鍛えることができる。」

ジムに通おうとするビジネスマンは三日坊主、英語の勉強や読書の習慣をつけようとするOLは、日々の忙しさに時間を作れないことを言い訳にし、そしてイローン・マスクや藤田晋さんに憧れる若者は、「これから週100時間働く!」と豪語しますが、続くのはせいぜい一ヶ月程度で、現実の世界では、自分の熱意と自分の行動は、面白いほどに一致しません。

20世紀になって、何かを成し遂げるために必要な「意志の力」への注目が低下した原因は、ビクトリア時代(1837-1901)の行き過ぎに対する反動や経済的な変動、そして世界規模の戦争などが影響していると言われていますが、最近の研究では、意志の力は時間をかけてトレーニングをすれば、筋肉のように強化できることがわかってきています。(1)


↑むしろ、意志の筋肉がなければ物事は続けられない (Marines) 

例えば、毎年、新年の初めに決める目標を達成できる人は、全体の8%しかおらず、残りの92%の人が自分が決めた目標を達成できない理由には、しっかりとした科学的根拠があり、スタンフォード大学のBaba教授は、新年の初めに禁煙やジムに通おうと決意することは、136キロのバーベルをトレーニングなしで持ち上げるのと同じだと述べており、ほとんどの人が禁煙する難しさ、そして毎朝早起きしてジムに行く苦しさを理解していません。


↑意志の力が強い人「ザッカーバーグは今年の1月に公言した2週間に一冊、本を読むことを着実に実行している」 (Cyril Attias)

スタンフォード大学のケリー・マクゴニガル氏は、「スタンフォードの自分を変える教室」の中で、人は目標に向かって前進すると、逆に目標から遠ざかるような行動をする傾向があると述べており、ある実験で、ダイエットが順調に進んでいる人達を集めて、各自どれだけ理想の体重に近づいたかを確認した後で、ご褒美としてリンゴかチョコレートを選ぶように指示したところ、進歩を自覚して気分がよくなった参加者の85%はヘルシーなリンゴではなく、カロリーが多いチョコレートを選んだと言います。(2)


↑まさに一歩進んで、二歩下がる。意志の力が弱い人は明確な目標など立てない方が良いのかも (Andrés Franco RIquelme)

さらに別の研究では、メインディッシュにヘルシーな食べ物を選んだ人の多くは、逆に太りやすい飲み物やデザートを注文する傾向があり、これはヘルシーなものを注文したせいで、いい気分になり、あとは適当なモノを頼んでしまう「健康ハロー効果」とも呼ばれますが、あの世界一の権力者まで実力で上り詰めたオバマ大統領でさえ、タバコひとつ辞められないのですから、目標を達成できない自分をそこまで責めることはありません。(3)

意志の力を筋トレのように鍛えるというのは、一見にあまり見込みがないように思えますが、本当に鍛えることができれば、計り知れないほどの利益があり、日々、人間の意志の力をむしばもうと全力を尽くしているマーケターの攻撃から身を守るだけではなく、衝動買いや仕事を始めることへのためらい、そして離婚問題など、様々なことから自分をコントロールできるようになると言います。


↑世界一の影響力を持つオバマ大統領ですら、タバコひとつ辞められない (John Althouse Cohen)

グーグル創業者、ラリー・ペイジやモハメド・アリなどにマジックを披露している奇術師のデビッド・ブレイン氏は、水だけを飲んで耐える断食に挑戦し、44日間で25キロ体重を減少させたり、毎朝、息を止める練習することで体に苦しみを与え、意志の力を鍛えていったそうですが(最終的には48分間、息を止められるようになった)、彼は意志の力は筋肉のように鍛えられることを子供の頃から理解しており、現在でも、「苦しみによって、精神が成熟する」という言葉を何度も繰り返します。(4)

デビッド・ブレイン氏は子供の頃から、プールで息継ぎせずに泳げるように練習したり、冬の凍りつくような日でも、Tシャツ一枚で何キロも歩いたことや、丸二日間、クローゼットの中で過ごしたこともあったそうですが、さすがにここまでしなくても、適度に運動することで、意志の力を上げることは様々なリサーチが証明しており、マッコリー大学の調査では、15分運動するだけで、タバコや甘いモノの欲求が抑えられることがわかりました。(5)


↑体に苦痛を与えれば、意志の強さは自然と強くなる (Chris McCormack)

この他にも、利き腕でない方の手で歯を磨いたり、コンピューターのマウスを操作するなど、あらゆる作業を利き腕ではない方の腕で行ったり、常に背筋を伸ばように2週間意識するだけでも、「意志の力」を鍛えるエクササイズになり、禁煙やダイエット、そして仕事の目標達成など、より大きな課題に取り組むときの、よいウォーミングアップになると言います。

このようなことを考えると、子供にスポーツをさせることは、何も子供をサッカーのスター選手に育てるためではなく、意志の力を鍛えるためだと考えることができますが、ダートマス大学で、意志力の研究をしているトッド・ヘザード氏は次のように述べています。

「1日1時間の練習や、グラウンド15週の走りを自分に課すことで、自分をコントロールする筋肉を鍛えるのです。5歳で10分間ボールを追っていられる子供は、6年生になったとき、宿題を期限までに終わらせられるようになります。」(6)


↑子供はスポーツを通じて、意志の力を自然と身につける (Jon Candy)

1970年代に、子供の自制心を見る有名な実験がスタンフォード大学で行われました。

この実験では、研究者が子供にマシュマロを与え、「食べるのを我慢できたらもうひとつあげる」といって部屋を出て行き、子供たちが誘惑に惑わされないかどうかの自制心を調査しましたが、マシュマロを15分間食べることを我慢できた子供は、全体の30%に過ぎませんでした。(7)

その後、子供たちが成長し、彼らの生活状況を追って調査してみると、4歳のときに楽しみをあとに取っておけた子供は、そうでない子供に比べて成績がよく、遅刻をせず、宿題をきちんと終わらせ、そして、友人とも仲良くできる子供に成長していました。


↑意志の力と人生のクオリティーは概ね比例する (Youtube)

1990年代、スターバックスが大規模な成長戦略を立てたとき、経営メンバーはコーヒー1杯のために、4ドル(約400円)を払いたくなるような環境を作らなければならないと考え、そのためにはコーヒーと共に、ちょっとした喜びを客に感じてもらうために、店員を教育する必要があると悟りました。

スターバックスに来てくれる顧客に質の高いサービスを提供するために、従業員の個人的感情が接客に出ないよう、集中力を維持し、自制心を鍛えるカリキュラムを何百万ドルもかけ、生活の中で意志の力を発揮できる習慣を身に付けさせることで、従業員がたとえ8時間のシフトの終わりでも自制を保てるようになったことが、シアトルの小さな会社から世界的企業に成長した要因とも言われています。


↑4ドル払いたくなるコーヒーは意志の力から (wintersoul1)

このようなカリキュラムはスターバックスだけではなく、他の企業でも実践されており、例えば、デロイト・コンサルティングでは「Moment that Master(大切な一瞬)」というカリキュラムがあり、これは顧客が料金について不平を言ったとか、同僚が解雇されたなどといった転換期に、どのように対応するかに重点を置いたカリキュラムで教育を行っています。

自制心を保つために、最初は意志の力が必要ですが、一度習慣になってしまえば、ほとんど無意識で行動できるようになります。

実際、人間の「意識」は驚くほどわずかな情報しか扱えない一方で、無意識の処理能力は無限大にあり、意識がメモ帳程度の情報量だとすると、無意識はNASAのスーパー・コンピューター並みの情報を処理することができると言います。(8)


↑「無意識の力」は「意識の力」より何百倍も大きい (Neil Conway)

シリコンバレーの投資家、ベン・ホロウィッツ氏は、著書「Hard Things」の中で、9割が失敗し、歓喜と恐怖の2種類の感情しかないスタートアップ界の中で、常に物事を的確に判断するためには、常に死を意識する日本の武士道に従って、毎日が最後の日であるかのように生きる必要があると述べます。

「ほとんどの人がそこまで強くない。スティーブ・ジョブズからマーク・ザッカーバーグまで、どんな偉大な起業家も苦闘に取り組み、困難を乗り越えきた。だからあなたはひとりではない。」(9)


↑優良なスタートアップは、常に日本の武士道の精神に従う (Elvin 7 mil. Views)

ロサンゼルス・タイムズの記事にも、「日本人の自制は、逆境に強いという古来の文化に深く根を下ろしている」とありますが、日本の「我慢」という言葉は、禅の考え方から来ていて、大いなる苦しみに遭遇しても品格を保ち、我慢はただのお題目ではなく、日本の文化に本来備わるものだとされています。(10)

意志の力が筋肉のように鍛えられると言われても、意志を鍛えるスポーツジムがあるわけでもなければ、体脂肪のように数値化して見えるわけでもないので、なかなか実行に移すのが難しいかもしれません。

ただ、根性で150kgの重りを持ち上げられないように、いくら「来年までに◯◯キロ痩せる」、「TOIEC◯◯点取る」、「これから週100時間働いてグーグルのような企業を作る」、と口を動かしたところで大して意味はなく、むしろもっと現実的に目標を達成することに重点を置くのであれば、運動をしたり、あえて精神的苦痛を自分に与えてみることが、長期的な自分への投資になっていくのではないでしょうか。

※主な参考書

1.(意志力の科学/ロイ・バウマイスター)P14 2.(スタンフォードの自分を変える教室/ケリー・マクゴニガル) P138 3.(やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~/ハイディ・グラント・ハルバーソン)P20 4.(意志力の科学/ロイ・バウマイスター)P163 5.(スタンフォードの自分を変える教室/ケリー・マクゴニガル) P78 6.(習慣の力/チャールズ・デュヒッグ)P198 7.(習慣の力/チャールズ・デュヒッグ)P190 8.(やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~/ハイディ・グラント・ハルバーソン)P70 9.(Hard Things/ベン・ホロウィッツ)Kindle Location 1279 10.(女神的リーダーシップ/ジョン ガーズマ,マイケル ダントニオ)

Eye Catch Pic by  wintersoul1

/WILLPOWER