July 13, 2015
「人・物・金」から「人・人・人」ゴットファーザーのような組織からルパン三世のような期限付きの提携チームへ。

終身雇用が20世紀の遺産となり、企業が従業員を囲いこむ経営が時代遅れになっていく中で、現在、私たちは18世紀後半から19世紀前半にかけて、世界の一部の国が工業化に歩み始めて以来の、大きな変化に直面しており、リーマンショック以降、アメリカでは企業やCEOを信用すると述べる人は、50%にも満たないと言われていますが、企業側から見ても、「真剣に雇用を保証しよう」という企業は、年々少なくなってきています。

リンクトインの共同創業者であるリード・ホフマン氏は、企業と社員の信頼関係として、雇用を「取引」ではなく「関係」として捉え、自立したプレーヤー同士がお互いのメリットのために、期間を明確に定めた提携関係を、「アライアンス」と呼びましたが、これからの新しい時代に適合する企業は、家族経営というよりは、プロスポーツのチームに近い概念を持つ必要があり、シリコンバレーで大成功を収めた企業はみな、「アライアンス」の手法を用いていると言われています。


↑雇用ではなく、試合に勝ち優勝するという具体的な使命のもとプレーヤーが集まる (Keith Allison)

従来、企業とはゴットファーザーのような縦社会で、従業員をお金、時間、そしてルールで縛ってきましたが、アライアンスの関係は、ダニー・オーシャンと彼が率いる10人の犯罪スペシャリスト集団が、ラスベガスのカジノの金庫からお金を盗み出す映画「オーシャンズ11」のようなものであり、新しい働き方を追求している安藤美冬さんは、これを「ルパン三世式ワークスタイル」と呼んでいます。


↑ミッションを期間内に成し遂げることに専念し、そこに個人の信用をかける (Apps for Europe)

アメリカで1975年から1989年までに生まれた、「ジェネレーションY世代(日本では氷河期世代、ロストジェネレーションとも呼ばれる)」は、仕事上のキャリアを短距離走ではなく、マラソンのように続くものと捉えており、彼らは大学を卒業すると、60年間働くという長いマラソンが待ち受けていますが、すでに欧米のエリートの中には、生涯現役で働く覚悟で行動している人たちも数多くいるようです。

コミットメント期間がある「アライアンス」の関係は、終身雇用とフリーエージェントの両方のメリットを取り入れる方法で、2〜4年間は終身雇用と同じように企業との信頼関係を築きながら、フリーエージェントと同様の柔軟性を維持し、常に変化し続ける時代に企業も個人も対応していきます。(アライアンス/リード・ホフマン)


↑アライアンス「終身雇用とフリーエージェントの両方のメリットを取り入れる方法」 (droidcon Global)

マスコミはシリコンバレーの若き天才ばかりを取り上げますが、シリコンバレーの成功した理由を一言で表せば、ここにいる「人々」そのものであり、21世紀の価値は、企業やオフィスという箱からではなく、人と人の頭脳の衝突からしか生まれず、大前研一さんはこれからの時代は「人・物・金」という概念から、「人・人・人」になるだろうと述べています。

さらにこれまで、企業は個人にとって「属するもの」でしたが、これからは個人を「支援する器」になっていき、常に「この社員はいずれ辞めるだろう」と認識して、企業は優秀な人には、少しでも長く会社に留まってもらえるような信頼関係を築いていかなければなりません。


↑「人・物・金」から「人・人・人」 (droidcon Global)

グーグルと言えば、イノベーションを起こし続ける企業の代表格として知られていますが、創業当時は技術やビジネスモデルに大した新規性はなく、世界中の研究者はグーグルの技術を昔から知られているものの組み合わせだとして相手にせず、グーグルのビジネスモデルは、後にヤフーに買収されるオーバーチャーという会社が考えたアイデアをグーグルが黙って使っていました。(のちに開発者に対価を払って和解)

グーグルが優れていたのは自分たちの目標のために、必要な人材や技術を獲得してきたことであり、「A級の人材はA級の人材と知り合いである」、「優れた人材は優れた人材と働きたがる」というリクルート方式に従って、優秀な人材をどんどん獲得していき、革新的だったのは米国企業には珍しく、労働者を資産と考えていることでした。(タレントの時代/酒井 崇男)


↑グーグルの成功はビジネスモデルや技術ではなく、従業員を資産と考えていることにあった (Ehud Kenan)

2013年に推定38億ドルを売上げているアマゾンのAWSも、ジェフ・ベゾスやベゾス直属の経営幹部が考え出したものではなく、アマゾンとアライアンスの関係にある一般社員が考え出したアイデアですし、かつて米国政府が財政難に落ち入り、NASAの研究予算を削減すると、NASAのエンジニアや研究員たちは、IT企業にどんどん転職し始め、あのマイクロソフト社のワードを作ったのも、元NASAのソフトウェア・エンジニアでした。


↑ワードを作ったのは元NASAのソフトウェア・エンジニア (NASA Goddard Space)

このように人材の流動性が高まることで、様々な事業が生まれ、大きな組織で経験を積んで、実力をつけた人達は自ら独立していき、マイクロソフトの卒業生が作った会社は4,000社以上、ペイパルの卒業生は「ペイパル・マフィア」と呼ばれ、ユーチューブ、リンクトイン、スペースX、テスラ・モーターズ、イェルプ、ヤマー、そしてパランティアと、この7社はどれも1000億円以上の企業価値を持っており、日本でもリクルートなどの企業が社内外の壁を上手く取り払い、「雇用」だけではなく、会社を辞めても長期的な「関係」を維持できるような環境を整えています。


↑会社は箱だけ、あくまで中心は「人・人・人」 (OnInnovation)

シグマクシスの柴沼俊一さんと日経ビジネス副編集長の瀬川 明秀さんは、企業という枠を通り超えて成果を出す人を「アグリゲーター」と呼び、アグリゲーターを際立たせる最も特徴的なものは、「私」という第一人称で、「私はこれをやりたい、こうありたい」という明確な意思や覚悟を持ち、次のような問いかけを同僚や取引先にしているかが重要だと述べています。

「私はこういう社会を創りたい。だから私はこれをやりたい。だから一緒にやらないか。」

「私はこれをやらねばならぬ。だけど私にはこの力が足りない。あなたの力が必要だ。」

「こんなサービスを創ったら面白いんじゃないかと私は思う。だれかできる人を知らないか。」(アグリゲーター/柴沼俊一・瀬川明秀)


↑アグリゲーターは「私はこうありたい」という明確な覚悟があるかどうか (Lara604)

最近の学生や若者の中には、先の未来があまりにも不明確で予測不可能なため、自分自身の価値観をはっきり言葉にできない人たちも増えていますが、この問題を解決する方法として、リンクトインの共同創業者リード・ホフマン氏は著書「アライアンス」の中で、次のような方法を推奨しています。

「まず最初に、その人が尊敬する人物の名前を3人書き出してもらう。次に、それぞれの名前の横にその人物について尊敬できる点を3つ書き出してもらう。(合計で9つ) 最後にその9つを、大切に思う順に1番から9番までランクづけしてもらう。あとはこれを会社の価値観と比較検討すればいい。」


↑自己主張の強い人たちでも、個人的な価値観は意外と定まっていないことが多い (tokyoform)

日本は年収3,000万〜5,000万円程度もらうべき人が、年収600万〜1,000万円しかもらっていない不思議な国であり、優れたタレントを持つ人は、どの会社にも、地域にも 、そして役所にもいますが、彼らが本来持っている力を活かせているかと言えば、必ずしもそうだとは言えず、実際、技術力だけを見てみれば、シリコンバレーよりも日本企業の方が優れている面はいくつもあると言います。


↑優秀なタレントは意外とどこにでもいる (tokyoform)

シリコンバレーの成功はそこにいる「人」がすべてをもの語っていますが、シ資金のあるシリコンバレーの企業は、アクイハイヤーと呼ばれる有能なタレントを獲得する目的で、タレントが創業した企業を会社ごと買収してしまうこともよくあります。

例えば、グーグルはNestという企業を32億ドルで買収しましたが、金額の内訳は、Nestの企業価値に10億ドル、そして残りの22億ドルは、創業者のトニー・ファデルの価値、とあるメディアは述べており、フェイスブックはこれまでに30社以上の企業を買収してきましたが、その目的の大半は優秀な人材(主に創業者)を手に入れるためで、製品はどうでもよかったとして、マーク・ザッカーバーグは次のように述べています。

「与えられた職務でずば抜けた結果を出している人間は、単に優秀な人間よりもはるかに素晴らしい。100倍はいい。」
(Think Like  Zuck マークザッカーバーグの思考法)


↑本当に良い人材は何億かけても獲得する価値がある (ManoelNetto)

ザッポスのCEOを務めるトニー・シェイは、採用ミスによる損失は100億円以上にもなると述べており、人材の市場は金融の市場と違って、それほど効率よく機能せず、100億円集めることよりも、100億円稼げるチームを作る方が明らかに難しいと言われるように、ビジョナリーカンパニーの著者ジム・コリンズも、「そこそこのレベルの企業」を「偉大な企業」へと飛躍させるリーダーの特徴を次のように述べています。

「まず適切な人材をバスに乗せ、不適切な人材をバスから降ろし、さらに適切な人材がそれぞれふさわしい座席に着いたところで、どこに向かうかを決めている。昔から”人材は一番の宝”と言われるが、それは間違いだ。最も重要な資産はただの人材ではない。適切な人材と言い換えるべきだ。」


↑”適切な人材”をバスに乗せて、不適切な人を今すぐバスから降ろす (Jean-Etienne)

関西大学の安田雪教授は、社会の仕組みを国民的人気アニメ「ワンピース」に例えて、「海軍」は階級構造があるひと昔前の企業、「白ひげ海賊団」は家族経営の中小企業、そして「麦わらの一味」は、それぞれのメンバーが、それぞれの目標を持ち、上下関係がなく自由に動ける新しい組織のあり方だとして、次の時代に必要とされるリーダーシップは「オレについてこい」型の人たちではなく、この時代の先を明確に見せることができるビジョナリーな人だと述べています。

白ひげは次世代の若者を「育てて、守る」という役割を担い、ルフィは旧世代に「挑み、成長する」役割を担っており、白ひげは次の時代の入り口を開いて、次の世代に未来を託すことで命を落としましたが、あなたが白ひげであろうと、ルフィであろうと、いつかは年老いて、自分と同じ夢を見るルーキーに次の時代を託すことには変わりありません。(ルフィと白ひげ 信頼される人の条件/安田雪)


↑上下関係がなく、自由に動ける新しい組織のあり方 (Niz) 

世の中の仕組みが大きく変わり、終身雇用はネットワーク化が進んだ現代の世の中に対応できるほど、柔軟なものではありませんでしたが、一時期、世界中の企業が日本の経営を絶賛したように、長期的な視点で物事を考えるという意味では、終身雇用は優れた経営であったのは間違いありません。

しかし、現在、世の中に浸透しつつあるフリーランスという関わり方は、即効性だけに焦点を当て、長期的な思考や企業への忠誠心という配慮ができていない場合が多く、何事に対しても長期的思考を持たない企業は、将来に向けて投資ができない企業であり、将来に向けて投資ができない企業は、すでに死に向かっている企業だと言えます。


↑長期的な思考ができない企業は死に向かっているのも同然 (droidcon Global)

また、「僕は起業家だ!」と、いかにも自分が他人とは違う特権階級のように振る舞うのも時代遅れで、この不安定な世の中では、起業家も従業員として働く人たちも同じようなリスクを負っており、企業と個人が、お互いの時間と労力を投資し合えるような新しい形のモデルを作っていかなければなりません。

日本の技術レベルや個人のスキルは、世界的に見てもまだまだ高いですが、その人達や技術が最大限に生かされる「仕組み」を世の中に浸透させ、頭脳が様々な場所で衝突して、プロフェッショナルが連鎖するエコシステムを作っていかなければ、私たちはシリコンバレーで作られたものを、ただ指をしゃぶりながら見ているだけになってしまいます。

主な参考書籍 :
「アライアンス―人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用/リード・ホフマン_ベン・カスノーカ_クリス・イェ」

「タレントの時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論/酒井崇男」

「知られざる職種 アグリゲーター/柴沼俊一_瀬川明秀」

「ルフィと白ひげ 信頼される人の条件/安田雪」

「Think Like  Zuck マークザッカーバーグの思考法/エカテリーナ・ウォルター」

「未来企業 レジリエンスの経営とリーダーシップ/リンダ・グラットン」

Eye Catch Pic by Apps for Europe

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