October 15, 2018
宮﨑駿「若さ、貧しさ、無名さは創造的な仕事をする3つの条件。」アーティストは自殺することはあっても、殺されることはない。

アメリカの著名な科学者、トーマス・クーンによれば、本質的な発見によって、新しいイノベーションを起こせる人のほとんどは、年齢が若いか、その分野に入って日が浅い人なのだと言います。

ジブリの宮﨑駿監督は、ニューヨーク近代美術館で、記者に「若いアニメ作家へのアドバイスを」とコメントを求められた際に、毛沢東の言葉を引用して、「若いこと、貧乏であること、無名であることは、創造的な仕事をする三つの条件。とにかく良いものをつくり続けること。」とアドバイスを送りました。

もしかすると、創造性な仕事をする環境としては、成功に満たせている環境よりも、成功できるかどうかという不安を抱えている状態の方が意外と適しているのかもしれません。



最近、アップルが時価総額1兆ドル(112兆円)を超えた世界初の企業として話題になっています。

しかし、アップルが発売した最新のiPhoneなどを見てみても、特に大きな創造性は感じられず、むしろアップルを蘇らせたと言われているiPodやiMacは、アップルが低迷していた時期に設計されたものだったと言いますから、アップルがイノベーションを起こせなくなった大きな要因は歳を重ね、お金持ちになり、そして、有名になってしまったことなのでしょう。

実際、自分が貧しい時こそ、人の気持ちが分かるものですし、無名であり、世間が自分を認めようとしない怒りや、それに対して自分には何もできないという当てつけようのない怒りが創造性のバネになっていくものなのです。

宮﨑駿監督は、なぜかいつも怒った顔をしているように見えますが、もしかすると、宮﨑駿監督のように、成功してしまった人が創造性を保っていくためには、常に世の中に対して何か怒りを感じている必要があるのかもしれません。







ドイツの首都であるベルリンは、「貧しいけど、セクシーな街(Poor,but sexy)」と呼ばれ、ロンドン、パリ、ニューヨークに比べて生活費が安いことや、ベルリンの壁が崩壊して、過去のネガティヴさと未来へのポジティブさが入り混じった独特な雰囲気を保っていることから、多くの若者が世界中から集まってきます。

過去何十年にもわたって、ソビエトの支配時にベルリンの壁の中に押し込められた創造性が一気に爆発し、街中にはグラフィティーや若いアーティスト、そして、新しいスタートアップが20分に一社創業されるなど、まさに、ベルリンは「若いこと、貧乏であること、無名であること」が揃った街なのです。

最近は、物価の高さやどんどん上品になっていく都市開発の影響などから、ニューヨーク・ロンドンを離れるアーティストが多いと聞きます。

生活の基準が高く、好き放題の生活をしている人よりも、ある意味、自分自身のドロドロした部分を見つめ、未来の見えない絶望の中で、もがき苦しんでいる人の方が、新しいものを生み出せる可能性が高いのは間違いないでしょう。













村上春樹さんは無名時代、日中は喫茶店を経営しながら、夜中から朝方まで小説を書くという過酷な生活を送っていました。

もう、世界的な名声を手に入れ、来年70歳を迎える村上春樹さんのエッセイなどを読んでも、常に新しいものを生み出すための創造性を保つために、毎朝4時に起き、休まずランニングや水泳を繰り返すことで自分に負荷を与え、何とか無名で貧しかった頃の気持ちを持ち続けようとする部分が、本人の言葉からも読み取ることができます。(1)

「何かと戦う、格闘するという強い覚悟がなければ、物語を書き進めることはできないんです。気持ち良く、にこにこ楽しく机に向かっているだけでは長編小説 は書けません。」(村上春樹)

また、宮崎駿監督も、25年間変わらず奥さんがつくったお弁当を毎日食べ続け、美味しいものを食べるのは年に一回ぐらいなのだと言います。

もしかすると、村上春樹さんも、宮崎駿監督も、名声と共に生活の質を上げてしまうと、何か昔持っていたものが無くって、創造性が失われてしまうことを本能的に理解しているのかもしれません。









スタンフォード大学のティナ・シーリグ教授は大学の授業で、「手元の5ドルを2時間でできるだけ多く増やして下さい。」という課題を学生たちに出しました。

その課題で、一番多くお金を増やせたチームは、地元の人気レストランに変わり並んであげて席を譲ったり、学生という特権を利用して、大学の学生を採用したいという企業の採用を手伝うことで、650ドルの利益を上げたりと、手元の5ドルには全く手をつけていなかったと言います。(2)

恐らく、資金があり、知名度も高い会社の人たちに同じ課題を出しても、手持ちの5ドルを130倍の650ドルに増やすことは難しいでしょうから、本気で創造的なアイディアや作品を生み出したいのであれば、名声も、お金もない若者の方が圧倒的に有利なのかもしれません。

グーグルのような企業も、年々、大企業化していくに当たって、イノベーションを止めないために、「貧しいけど、セクシーな街ベルリン」にテクノロジー・キャンパス「Factory」をオープンしているところを見ても、創造性を生み出す最大の武器は、無名さ、若さ、そして、貧しさであることは間違いなさそうです。












無名さ、貧しさを武器に最大限の創造性を発揮したアーティストと言えば、ゴッホが有名で、ゴッホの創造性は生前全く評価されず、最終的には自ら命を絶ってしまうのですが、その後の世界的な評価は言うまでもありません。

20世紀の美術界を代表する世界的な巨匠の一人、棟方志功(むなかた しこう)は、「わばゴッホになる」になると言って芸術家を志ざしますが、国内の展覧会などに応募してもなかなか評価されませんでした。

落選し続ける棟方に恩師は「ラクセンオメデトウ」という電報を打ったと言います。



恩師が送った「ラクセンオメデトウ」の意味は何だったのでしょうか?

もしかすると、世の中に認められることで名声を手に入れ、ある程度裕福になってしまうと、創造性の高い作品が作りにくくなってしまうため、この「ラクセンオメデトウ」の意味は、「落選したことで、もう少しの間、無名で貧しくいられる。その間に、今よりももっと創造性の高い仕事ができるだろう。おめでとう!」だったと考えることもできます。

その後、棟方は日本を超えて海外でも評価されるようになりますが、もし、棟方が早い段階で評価されてしまっていたら、そこで満足してしまい、20世紀の美術界を代表する世界的な巨匠にはなれなかったのかもしれません。

孫正義さんも、もし経営者になっていなかったら、画家になっていたかもしれないと発言しており、「ゴッホのような画家になりたかった」、「ゴッホのような生き様が一番尊敬できる」と述べています。

最近、自身の1.5億円の作品を落札された瞬間にシュレッターしてしまった覆面の芸術家バンクシーも、お金と名声が創造性にどう影響するかということを本質的に理解していたのでしょう。











若い時は、創造性よりも、短期的なお金や名声を追い求める欲求が強いです。

しかし、歳を取り、自分の人生の残り時間が限られていることを意識し始めると、お金や名声よりも、創造的な仕事をしたいと切実に思うようになると言います。

そう言った意味では、若さ、貧しさ、そして、無名さを持っている期間がどれくらい長いかが、長期的な創造性に大きく影響してくるのかもしれませんが、きっと、アーティストという仕事の死因は、自らの手で自分のキャリアを終わらせてしまう「自殺」が大半で、他殺によって誰かに仕事を奪われてしまうということなど、ほとんどないのでしょう。



「Windows 95」の登場によって、マイクロソフトがコンピューター業界の覇者だと呼ばれていた頃、ある記者がビル・ゲイツに、「ライバルは誰ですか?」と尋ねると、ビル・ゲイツは、「ライバルは自宅のガレージで何か新しいものを創ろうとしている若者たちだ。」と答えたのだそうです。

実際、そのビル・ゲイツの危機感は、数年後に的中しました。

1998年、学生でお金もなく、当然のことながら無名であったラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンがグーグルを創業し、その名の通り、マイクロソフトの巨大なライバルになったのです。



アメリカの巨大書店チェーン「ボーダーズ」とアマゾン、レンタル・ビデオチェーン「ブロックバスター」とネットフリックスも同じことでしょう。

やはり、人間というのは両手にモノを持って、脇に挟んだら、それ以上のものは持てず、富や名声が入ってくることで、何かを捨てなければ自身の重心を保つことができないのです。

若く、貧しく、無名な時期こそが、一番身軽で、もっとも創造性を発揮しやすい時なのでしょう。

1.川上未映子・村上 春樹「みみずくは黄昏に飛びたつ」新潮社、2017年 Kindle

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