March 16, 2020
ライブに行く人は寿命が9年も長い「ダウンロードの時代だからこそ、ダウンロードできないことをやろうぜ。」

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スマホなどの情報通信機器は、自分の持っている情報をできるだけ効率的に、相手に伝えるように作られてきました。

直接会って言うほどのことではない場合はビデオ通話で、わざわざビデオ通話するほどのことでもない場合は電話で、わざわざ電話する必要がない時はメッセで、わざわざ個人的にメッセする必要のない場合は、不特定多数に対してSNSへといった感じで、コミュニケーションの手段は、時と場合によって変わってくるのは当然のことです。

しかし、直接会うコミュニケーションが100だとすると、ビデオ通話は60、電話は40、メッセは5、そして、SNSは0.1と言ったように伝わる情報の濃さは全然違ってくることだろう。

基本的に直接会うこと以外のデータ通信によるコミュニケーションは、対面して話す時に必ずついてまわる感情やその場の独特な雰囲気がすべて削ぎ取られてしまいます。


↑対面が100だとしたら、SNSは0.1しか実際には伝わっていない。

コミュニケーションに限らず、データ通信を通じて、買い物も、エンターテイメントも楽しむようになった時代、そこから削ぎ落とされてしまった「生の時間」にこそ、真の価値があることは間違いありません。

CDが売れなくなっているのに対して、ライブの需要がどんどん増えているという話はよく聞きますが、最近、イギリスで興味深い調査結果が発表されました。

ゴールドスミス・カレッジと携帯電話会社O2の調査によれば、ライブコンサートに頻繁に行く人は、寿命が9年も長くなり、ライブコンサートに20分参加しただけでも、幸福度は21%も上昇したのだと言います。








↑ライブコンサートに行く人は寿命が9年も長くなる。

ベルリン 、バルセロナ、セントピーターズバーグ、そして、ニューヨークと、若者や旅行者に人気のある街は、「生」をもの凄く大切にする場所。

何でも録画して共有し、いつでも自由に観られる時代に、街角で生のライブパフォーマンスに遭遇すると、何だかとても贅沢な気分になれます。

「生の時間」の鮮度は、アーカイブやオンデマンドとしてWEBに上がった時点で賞味期限が切れて、既に鮮度はかなり落ちてしまっていることだろう。

アーカイブで、いつでもどこでも見れるものは、インスタグラム のストーリーのように人間の記憶からはすぐに消えてしまいますが、逆にライブコンサートのようなその場で消えてしまうストーリーほど、人間の頭の中に長く記憶されていくものなのかもしれません。












↑すぐに消えてしまう「生物」ほど、頭の中に長く記憶される。

矢沢永吉さんは、かなり前から「ダウンロードの時代だからこそ、ダウンロードできないことをやる」と断言した上で、あるインタビューで次のように述べていました。

「これはね、音楽以外の世界にも言えることだと思いますよ。どんなジャンルでも言えることで。ペーストができないもの。貼り付けができないもの。コンピューターのペーストね。ダウンロードができないものしか、僕は残らないと思いますよ。”しか” 残らないというか、そうゆうものの価値だけは変わらないんじゃないかなという意味です。」

「僕は30ヶ所で公演するんだけど、全部違うもんね。毎日ライブが違う。もう生き物だよね。生き物。」

「生の時間」というのは、今という瞬間を生きる人達同士が交わる交差点。

賞味期限切れの鮮度が落ちたものばかり食べていると元気が無くなってしまうのは当然だろう。

インターネットの普及で失われてしまった「生の時間」を取り戻していかなければならない。

ミスや事故が最大のコンテンツになっていく。



インターネットの登場は、人類が火を発見して以来の大きな変革をもたらし、私たちは今その変化の真っ只中にいます。

今や動画にしても、写真にしても、フィルター加工は当たり前、ミスがあれば何十回でも取り直して編集し、効果音は計算された最高のタイミングで、そして、親切なことに一方的に「こう解釈しなさい!」というテロップまで入れて、原形の何倍にも盛られたコンテンツが溢れています。

ジャパネットたかたの高田明さんは、周りから猛反対を受けながらも、ライブだからこそ伝えられる感動があるのだと言い、生放送をすることに徹底的にこだわりました。


↑もう原型が分からなくなるまで編集できる。

録画ではなく、ライブで同じ時間を生きているという感覚から、ダイレクトに伝わるものがきっとあるのでしょうし、絶対に取り直しができないという緊張感とプレッシャーの中だからこそ、最高のパフォーマンスが生み出せるのだとも言えます。

いまの世の中ほど感動が直接売上に繋がる時代はない。今後はインスタやユーチューブなどのライブ機能を使って、誰でもジャパネットたかたのライブ放送が可能になっていく。

感情が削ぎ落とされて、無機質なレコメンデーションが商品を進めてくるオンラインショップに対し、絶対に取り直しができないというライブの中で、その商品の魅力をどう伝えられるかが、アマゾンに対抗するための大きなヒントになっていきます。

また、最近、テレビよりも生放送のラジオ派の人達が少しずつ増えてきている。

これは、テレビやユーチューブがガッツリ編集されたコンテンツになる一方で、DJやリスナーと同じ生の時間を共有するという今までは当たり前だったことが一つの価値になってきているのだろう。




↑「生の時間だからこそ、伝えられる感動がある。

オンラインで何でも買えるようになり、ウーバー・イーツなどのサービスが出来立ての料理を家に届けてくれるようになると、わざわざお店に買い物にいくことは、掃除や洗濯と同じぐらい手間な作業に感じてしまいます。

そう言った意味では、世の中の人達がCDを買いにいかなくなって、ライブコンサートに行くようになったのと同じように、これからのリアル店舗は商品やサービスではなく、生の体験を流通させるメディアとしての役割が本業となっていくことでしょう。

銀座の一等地にお店を出すよりも、WEBの一等地(グーグルなどの上位検索)にお店がある方が圧倒的に価値が高いという時代、WEB上に唯一アップロードできなかった「生の時間」を提供できる場所はリアル店舗しかありません。










↑リアル店舗は生の時間や体験を流通させるメディアになっていく。

中国でアリババが運営し、未来のスーパーとも言われてる「フーマー」は、新鮮な魚介類を自分ですくって、その場で料理して食べるという体験に重点を置いています。

スターバックス・リザーブは、ゆっくりコーヒーを飲む「サード・プレイス」から、五感のすべてでコーヒーを味うという体験をコンセプトにし、いまや観光客が殺到する新しい「フォース・プレイス(4th Place)」に変化し始めている。

WEB上で買えないものはほとんどなくなった今、一昔前は当たり前であった「生の時間」こそが、一番貴重で、贅沢なものになっていくことは間違いないでしょう。

1/100のVRを100回体験しても、1回の原体験の足元にも及ばない。



まだ通信技術が発達していなかった頃は、どんな事でもその場に居合わせて、生で体感するしかありませんでした。

その後、テクノロジーの発達で、1/10、1/00に薄められた現場の雰囲気が、写真として、動画として、WEB上にどんどんアップロードされていくようになります。

仮にどれだけ技術が発達し、VRゴーグルをつけて、東京にいながら、フジロックを体感できる時代になっても、体感というものは1/100を100回体験したところで決して「1」になるものではない。






↑1/100を100回体験しても「1」にならない。

その人の身体は、過去に食べたもので構成されていると言われるように、その人の5感や感情は、その人が過去実際に体験したことによって構成されていることは間違いありません。

ライブコンサートに行く人達の寿命が長いということから考えても、健康な生活を送るためには、食事の栄養と同じくらい感情の栄養を定期的に取り続けなければならないのでしょう。

WEB上にアップロードすることができるのは生の感情がすべて削ぎ落とされたものだけ。

現代に生きる人達は、身体の栄養以上に、心の栄養を必要としているのかもしれません。

今回は、下記の本を参考に致しました。もっと深く知りたい方は、こちらの本も是非読んでみて下さい!

参考書籍

■木谷 哲夫「成功はすべてコンセプトから始まる」ダイヤモンド社、2012年 ■山極 寿一/太田 光「『言葉』が暴走する時代の処世術」集英社、2019年■高田 明「伝えることから始めよう」東洋経済新報社、2017年 ■講談社「オードリーの小声トーク 六畳一間のトークライブ」2010年 ■黄未来「TikTok 最強のSNSは中国から生まれる」ダイヤモンド社、2019年 ■ダグ・スティーブンス「リアル店舗はメディアになる」プレジデント社、2018年 ■坂口 孝則「未来の稼ぎ方 ビジネス年表2019-2038」幻冬舎、2018年 ■望月 智之「2025年、人は『買い物』をしなくなる」クロスメディア・パブリッシング、2019年 ■秋本 治「秋本治の仕事術 『こち亀』作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由」集英社、2019年 ■池上 彰「わかりやすさの罠 池上流『知る力』の鍛え方」集英社、2019年

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