May 16, 2020
レッドブル創業時の企画書「レッドブルのための市場は存在しない。我々がこれから創造するのだ。」

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普段、コンビニなどで200円で売られているレッドブルの原価は10円〜20円ほどなのだと言われます。

では、消費者は残りの190円分は何に対して、お金を払っているのでしょうか?

1984年にレッドブルを創業したディートリヒ・マテシッツがつくった当時の資料には、「レッドブルのための市場は存在しない。我々がこれから創造するのだ。」と書かれており、彼はマーケティングさえ完璧であれば、どんな新しい需要も作り出せると考えていたのです。


↑レッドブルCEO「レッドブルの需要はない。これから我々が作り出すのだ。」

レッドブルのCEOであるマテシッツ氏は、それを何十年もかけて実現していくわけですが、そう言った意味で、僕たちは、エナジードリンクに対して10〜20円、レッドブルのマーケティングが生み出す精神的付加価値に対して、残りの190円分の対価を払っているとも言えるでしょう。

今やレッドブルのブランド価値は1兆円を超え、マテシッツ氏も世界で53番目に裕福な人に選ばれています。

もともと、世界的なグローバル企業であるユニリーバのエリート社員であったマテシッツ氏は誰もが羨むような給料をもらっていました。

しかし、日本のリポピタンDからインスピレーションを受け、タイで製造したエナジードリンクを欧州で売るための、イラストやコピーライティングなどのマーケティングにお金を使い、当日持っていた個人資産約5000万円は、あっと言う間に無くなってしまったのです。(1)


↑現在は世界53位の資産家。でも、創業時は貯金が底をついていた。

コカ・コーラが収益の9%をマーケティングに使うのに対して、レッドブルはその3倍以上の30%をマーケティングに使います。

さらに、コカ・コーラが自社でドリンクを生産し、流通させるのに対して、レッドブルはドリンクの生産や流通はすべて外部に任せ、自社はマーケティングに特化することで、新しい市場を生み出すことだけにすべての時間を使っているのです。

1缶100円前後で売るコーラと、1缶200円で売るレッドブルとでは、マーケティングの仕方は全く違ってくるでしょう。

コカ・コーラは既に国民の誰もが知っている綾瀬はるかや菅田将暉を起用してCMをつくりますが、レッドブルはまだあまり大きく成功しておらず、これから成功する可能性のあるスポーツ選手やミュージシャンとパートナーシップを組んできました。

そして、アマチュアの選手たちが苦しみながらも這い上がっていく「プロセス」をマーケティングに最大限に活用し、その姿が年間6000億円の市場を作り出すことで、75億本のレッドブルを売り続けています。



↑アマチュア選手の這い上がっていく姿が年間6000億円の市場を作り出す。(Pic by istock)

レッドブルの会社登記簿には業務内容として、「レッドブルブランドの活用」としか記載されていません。

そのため、エナジードリンクのマーケティング一つ取ってみても、「タウリン◯◯グラム配合」、「滋養強壮に効く」といった商品の機能や利点については一切語らず、「こんな小さい缶で、のどの渇きをいやせると思うな。翼を手に入れるためにレッドブルを飲め。」といった感じで、イメージ、価値観、イデオロギーを心に訴えかけ続けるマーケティングを真のマーケティングの目的としているのです。

レッドブルにとって、エナジードリンクはブランドの価値観を伝えるための一つのツールに過ぎないのかもしれません。


↑レッドブルは性能よりも、イデオロギーに訴えかける。

まだ、成功していないスポーツ選手やミュージシャンがどんどん新しいことに挑戦する姿を見ると、僕たちは、仮にレッドブルを飲まなくても、ロゴを見るだけで、身体の中の遺伝子が刺激され、「眠いけど、もうちょっとだけ、仕事を頑張ろう!」といった感じで、なぜかモチベーションが上がっていく。

現在、経営資源という面においても、ハングリーに、がむしゃらに働ける人がどんどん減ってきており、ヒト、モノ、カネより何より、「モチベーション」が最大の競争資源になってきています。

ベンチャー企業がレッドブルを山積みにしたオブジェを置いていたりするのは、レッドブルのロゴを見るだけでやる気が出るという新たな価値を提供しているからだろう。


↑これからは、ヒト、モノ、カネよりも「モチベーション」が最大の資源。

スポーツブランドのアンダーアーマーも、創業時はレッドブルと同じようなやり方で、マーケティングをスタートさせました。

ナイキやアディダスが有名なスポーツ選手とスポンサー契約を結ぶのに対して、アンダーアーマーは、まだ世間から全く注目されていない選手を起用し、彼らは下克上の精神で、どんどん成り上がっていく姿をマーティングに活用していったのです。

ある研究で、アップルとIBMの両方のロゴを見せ、どちらを見せた時の方が、クリエティブなアイディアが出るかを調査したところ、アップルのロゴの方が良い結果が出ました。(2)

また、ディズニー・チャンネルのロゴと別の娯楽チャンネルのロゴを見せた時でも、ディズニーのロゴを見た時の方が、行動がより正直になったのだと言いますから、レッドブルやアンダーアーマーのロゴにも同じような力があるのでしょう。



↑見るだけでやる気がでる。ロゴの精神的付加価値。

ドイツの社会学者、ハルトムート・リュトケは、時代の価値観の変化もレッドブルが成長した大きな要因だと指摘します。

1980年代の若者の憧れと言えば、都会に住み、周りから羨ましがられるような生活をすることでしたが、1990年代になると、若者は贅沢な暮らしよりも、興奮が多く、スリルがある生活を求めるようになっていきます。

実際、自分でエクスリーム・スポーツのような過激な事に挑戦するのは怖くても、レッドブルのマーケティングを通じて、精神的な付加価値を与えられた若者たちが、どんどんレッドブルを買っていきました。

レッドブルは、こういった若者に好かれるブランドを失わないようにするために、広告の出し方も、どういった層に、どのように見られるかという部分を常に意識しています。

CEOのマテシッツ氏は、色々なところに広告を出して、それがどれだけ見られて、どれくらいクリックされたかを細かく分析する古いやり方には一切興味がないと述べ、あるスタジアムの広告枠を全部プレゼントすると言われても、全く興味がないのだそうです。


↑若者は贅沢な生活よりも、スリルのある生活を求めている。

とにかく、量よりも質とターゲットを意識し、長期的に続かない一回きりのイベントには、広告を出さないということを徹底したことで、いまや若者だけではなく、セレブまでもが意識してレッドブルを飲むようになりました。

歌手のブリトニー・スピアーズが、ペプシ・コーラの広告会見の場で、レッドブルをちびちび飲んでいたという笑い話まで存在します。

2012年の記事には、レッドブルの従業員一人あたり1億円近い売上を生み出していたという話もありますから、いかにレッドブルのマーケティングが強力であるかが分かるでしょう。

時価総額世界一(2019年)のマイクロソフトの価値の99%は、目に見えない無形資産



時代によって、企業が生み出す価値の評価は、大きく変化していきます。

例えば、1990年代のアメリカ企業の時価総額の大半は、工場や様々な設備など、目に見える有形資産が占めていました。

しかし、2010年になると、その割合は40%ほどに低下し、ブランド力、人材、ソースコードなどと言った目には見えない無形資産が企業の時価総額に大きく影響し始めています。(3)

レッドブルも1兆円の企業価値の大半は、エナジードリンクの成分などではなく、ロゴが生み出すブランド力から生まれているのでしょう。


↑レッドブルの1兆円の価値も、ほとんどが無形資産。

2019年に世界で最も時価総額が高かったマイクロソフトに至っては、オフィスや設備などが占める割合は時価総額の1%しかなく、残りの99%はソフトウェアの信頼やブランド力などの無形資産が占めているのだと言います。(4)

物理的な店舗でコーヒーを販売しているスターバックスであっても、価値の大半はコーヒーの成分などではなく、彼らが生み出す、家でもない、職場でもない、サードプレイスという場所の価値なのだろう。

P&Gでグローバルマーケティングを担当したジム・ ステンゲル氏によれば、ブランド面で優れている企業は、そうでない企業に比べて、投資利益率が4倍も高いのだと言います。

そう言った意味では、ドラッカーがイノベーションとマーケティング以外はすべて「コスト」だと断言するように、長期的に成功している企業は、直接的・間接的問わず、新しい市場をつくりだすマーケティングを実行しています。


↑マーケティングとイノベーション以外はすべてコスト。

企業価値の大半を占める無形資産を作り出すには、マーケティングをしていくことが不可欠だと考えれば、マーケティングを主軸に置いている会社は生存確率が高いとも言えるでしょう。

フランスのタイヤ会社「ミシェラン」が、あのミシェラン・ガイドをつくっていることはあまり知られていません。

車は生活に欠かせないものですから、定期的にタイヤを購入する必要がありますが、普通の人がどれだけ詳しいタイヤの話を聞いても全く面白くないでしょう。

であれば、つまらないタイヤの話をするよりも、美味しいレストランのガイドブックをつくった方がお客さんは喜ぶでしょうし、お客さんが車に乗って、ミシェランガイドのレストランに行けば、タイヤが減って、タイヤが売れていきます。

まさに、画期的なマーケティングだと言えますが、ミシェランやレッドブルのように、ただ製品の良さを語るのではなく、少し別の視点でユーザーとコミュニケーションを取ることで、競争が激しいレッドオーシャンから抜け出し、独自の新しい市場をつくりだすことができるのです。



↑タイヤやエナジードリンクの話なんて、誰も興味がない。

よく日本企業は、製品の品質には徹底的にこだわるけれど、それをしっかりとマーケティングし、ブランド力を高めて、適性な価格で販売するビジネスの部分がよく苦手なのだと言われます。

実際、製品の質に重点を置き、日本企業の良いところを維持したまま成功している企業というのは、例外なくマーケティングに力を入れている企業が多いことでしょう。

ユニクロは、ヒートテックやエアリズムなどの革新的なイノベーションを起こしながらも、消費者としっかりコミュニケーションを取っていますし、セブン・イレブンは自分たちを小売業ではなくマーケティング・カンパニーだと述べています。

スノーピークにしても、バルミューダにしても、日本発のカッコイイブランドは、質の高い日本製品の上に見えない付加価値を生み出すマーケティングが行われているからこそ、一部の特定のファンだけではなく、海外も含めた幅広い人たちに受け入れてられているのです。


↑日本の良さをしっかり伝えられている企業は、必ずマーケティングに力を入れている。

世の中の経済が成熟してくると、どこの企業がつくる製品やサービスも大した違いがなくなってくる。

でも、レッドブル、スターバックス、ユニクロなど、なぜか自然と手にとってしまうものと言うのは、裏でしっかりとマーケティングが行われているのです。

Note.
1.ヴォルフガング ヒュアヴェーガー「レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか」日経BP,2013年 2.デービッド・アーカー「ブランド論」ダイヤモンド社,2014年 3.ジム・ ステンゲル「本当のブランド理念について語ろう 『志の高さ』を成長に変えたトップ企業50」CCCメディアハウス、2013年 4.ジョナサン・ハスケル&スティアン・ウェストレイク「無形資産が経済を支配する―資本のない資本主義の正体」東洋経済新報社、2020年 5.ウィリアム・コーエン&フランシスコ・スアレス「ドラッカー全教え ~自分の頭で考える技術~」大和書房、2018年

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