December 16, 2015
サグラダ・ファミリアの建設はゆっくり進む。なぜなら、私のクライアント(神)は完成をお急ぎではないからだ。

どんな説明を聞いた人でも、どんな写真や映像を見た人でも、実物を目の前にしたら圧倒されずにはいられないと言われるサグラダ・ファミリアは、人間が作り得る最高のものを神に捧げようという想いで100年以上作り続けられており、建築や彫刻だけではなく、音や光も絶妙に組み合わされた総合芸術として、今日もまたほんの少しずつ完成に向けて作業が進められています。(1)

1883年にサグラダ・ファミリアの専任建築家に推薦されたガウディは、弟子や建設に関わる人たちに、どんな建材を使うべきかを指示しておらず、「役所に提出するために仕方なく書いた図面」は、スペイン市民戦争の混乱で燃えてしまっているため、1926年にガウディが亡くなった後は、「人間が作り得る最高のものを神に捧げる」という強い意思だけが、時を超えて人々を動かし続けていることになります。(2)


↑意思が受け継がれ100年 「人間が作り得る最高のものを神に捧げる。」

よくできた本や映画などは何度読んでも飽きず、また繰り返し読んだり、観たりするたびに新たな発見を与えてくれるものですが、 サグラダ・ファミリアにはそれ以上の不思議な力があり、ガウディが何度通っても飽きない教会を作りたいと切実に願って設計されたように、1978年から現地でサグラダ・ファミリアの建設に関わっている外尾 悦郎さんも次のように述べています。(3)

「生誕の門一つをとってみても、28年間毎日通って見ていて、未だに飽きるということがない。それどころか、今頃になって隠された象徴を発見することがある。これが聖堂全体に行き渡ったら、それこそ一生毎日通い続けても、すべてを読み解くことはできないようなものになるのではないかと思います。」


↑28年毎日通っても、100年通っても新しい発見がある創造性の最高傑作。

依然として、日本を含む世界各国では、20世紀の消費爆発時代の延長戦のように、すぐに使い捨てられる「チューインガム・プロダクト」が大量生産されており、それを作る側も消費する側も、何一つ深く考えることはなく、多くのモノが作られては大量に捨られている現実を見れば、100年以上存在し続けるモノや事業、そして概念を本気で創り出そうとしている人など、ほとんどいないのではないでしょうか。(4)

人間の人生なんて頑張って長い生きしたところでせいぜい100年程度しかありませんが、人が亡くなっても本当に価値のある「モノ」や「概念」は次の世代に引き継がれるため、特にヨーロッパでは100年以上に渡って建設が続いていることは珍しいことではなく、世代に渡って寄付をしたり、建設の手伝いをすることにこそ意味があり、完成させることだけが建設の目的ではありません。


↑ 100年間、自分のためだけに生きるか、それも次の世代に伝える意志のために生きるか。 (nuvol)

ガウディが作った建築は、サグラダ・ファミリア以外にもカサ・ミラ、カサ・バトリョ、そしてグエル公園などバルセロナ中にいくつもありますが、100年以上前から先に存在するものへの敬意や時間軸上の順番を考慮し、偉大なる自然の摂理を邪魔しない作りを徹底しており、中でも毎日数多くの観光客が訪れるカサ・バトリョの外観を飾る破砕タイルやガラスは、地元の会社の廃棄物を譲り受けて作ったもので、100年前に“リサイクル”の概念を持っていたことがガウディの凄いところでもあります。(5)

また、自然の形は何万年もかけて作り上げられた合理的な形だとして、ガウディの建物には、自然界に存在しない“直線”は表現されず、わざとタイルを割って曲面に貼ったり、波のラインで自然界を上手く表現するなど様々な工夫がされていますが、中でもサグラダ・ファミリアは自然な形を再現するために、10年にも及ぶ実験を繰り返しており、時を超えて受け継がれるモノについてガウディは次のように述べています。(6)

「Originality(独創性)とはOrigin(出発点)に近づくことだ。」


↑本当の創造性とは何万年もかけて作り上げられた自然の形に近づくこと。 (Thomas Quine)

また、ガウディは建築学だけではなく、光や音の研究にも没頭し、多くの科学者が物理や数学で読み取ろうとしたことを直感で読み取り、自然からもらった材料を最大限に活かして、目には見えないインスピレーションを建物の中に作り出しました。(7)

「人間は二次元世界を、天使は三次元世界を動く。ときに、多くの自己犠牲、継続する激しい苦悩の後で、建築家は、 数秒間天使の三次元性を見ることができた。」


↑一瞬の三次元を作り出すために、研究に没頭する。 (sergei demeshev)

国民的人気マンガ「スラムダンク」の著者で、しばらくサグラダ・ファミリアの目の前に住居を構えて暮らした井上雄彦さんは次のように述べています。(8)

「(サグラダ・ファミリア)教会は“神に関わる何か”を表現していて、そこに途方もない苦労と技術、その背後にある思いが注ぎ込まれている。ここを訪れる人は、そうしたものすべての“エネルギー”そのものを、無意識に感じて帰るんじゃないかな。」


↑ここに来る人たちは、目に見えない苦労と創造性を無意識に感じて帰る。 (Brian)

ガウディの作品は世界的なクリエイティビティの象徴のように評価されていますが、直線構造を持たない建物「カサ・ミラ」や、未来の分譲住宅地跡「グエル公園」など、現在観光客が絶えない作品でも、100年前の完成当時はなかなか評価されず、中でも人々が自然と芸術に囲まれて暮らせるような分譲住宅地を作ろうとしたグエル公園は、当時は斬新すぎて誰にも理解されず、売れたのはたった2軒だけだったそうです。(一人はガウディ本人、もう一人も考案者のグエイ伯爵)

スペインでは19世紀中頃から急激に産業が発展し、人々の生活がどんどん変わっていく中で、古い価値感は破壊され、宗教や伝統的な文化から距離を置く人たちが増えていきました。(9)

そこに危機感を持ったグエイ伯爵は、自然と人間が調和する大規模なユートピアを思い描いて、ガウディにグエル公園を作らせましたが、建設にかかった14年の間に第一次世界大戦が勃発し、グエル公園の建設は中断してしまいます。


↑グエル公園「100年前のガウディの夢を今見ることに、本当の意味がある。」 (Martin Pilát)

ガウディの100年先は、ちょっと先を行き過ぎていたかもしれませんが、本当のクリエティブ力とは常に先を考える力のことであり、例えば5年後に小さい子供の家庭に車を売ろうと考えた場合、今小さい子供がいる人達にアンケートをとったり、インタビューをしたところで、ほとんど何の意味もありません。

なぜなら、今この瞬間に子供がいる人たちは5年後のお客さんではなく、5年後に小さな子どもを持つ人たちは、まだ結婚すらしていないことも全然あり得るので、その人たちの未来の話を聞いたところで、役立つ情報が得られることはないでしょう。(10)


↑コンサルタントが行うのは現状分析で、未来を伝えるクリエイティブな仕事ではない。 (Fabrizio Salvetti)

日本人はもともと、短期的に「正しくない選択」を長期的に「正しい選択」として理解する能力を持っており、40年ほど前、日本人の4人に1人が65歳以上になるという高齢化社会を予測して、“人にやさしいモノづくり”を目指したことが、自動車から家電製品まで、世界に認められる日本のユニバーサル・デザインを作り出しました。(11) (12)

世の中や市場から数年で消えてしまうサービスやプロダクトは、いわゆるマーケティングから生まれ、市場を喚起して消費させるための流行を生み出す一方で、ガウディの作品や新幹線のように時代を超えて存在し続けるものは、次の時代に生きる人たちのことも考慮し、環境性能と機械的性能とに裏打ちされた形に作りこまれたことが、創造的なものを生み出すことに繋がっていきました。(13)


↑次の時代への敬意が、結局はクリエイティブなものを生み出すきっかけになる。 (Takuma Kimura)

クリエイティブの結晶で、時代の先をいっているものは、なかなか人々に受け入れてもらえず、常に資金繰りが大きな問題になりますが、ガウディは何にいくらかかったか、誰にどれだけの金額の仕事を発注したかを細かく記憶しており、また、割れたタイル地面から掘り出りだした石を使うなど、無駄のない作りを徹底した建築家でもありました。

時には、ガウディの建築には、お金がかかり過ぎているという批判もありましたが、ガウディの無駄を嫌う性格をしっかりと理解していたスポンサーのグエイ氏は、本当に良いものを作ろうとするガウディのためなら、いくらでもお金を用意し、自らもまた、それに応えることのできる経済人になれるようにと努力を惜しまず成長していきます。(14)


↑本当に良いものを作ろうとするガウディのためなら、いくらでもお金を用意した。 (Ross Funnell)

ガウディはサグラダ・ファミリアの建設について明確な指示や図面を残していないため、サグラダ・ファミリアは、90年以上もの間、ガウディの託した意志だけを頼りに建設が続いています。

現在、観光収入の増加やテクノロジーの発達で、あと100年以上はかかると言われていたサグラダ・ファミリアの完成は、今から約10年後の2026年の予定ですが、その一方で、完成させず、作り続けることにこそ意味があると言った声も多くあるようです。


↑もう100年かけて、作り続けることに意味があるのではないか。 (Mike Slichenmyer)

スラムダンクの著者、井上雄彦さんはガウディと考え方がよく似ていると周りから言われるそうですが、井上さん自身も「ガウディと僕の共通点は完成を急がないところ」と断言しており、ガウディは生前、周囲から「サグラダ・ファミリアはいつ完成するんだ?」と問われるごとに次のように答えていました。(15)

「サグラダ・ファミリアの建設はゆっくり進む。なぜなら、私のクライアント(神)は完成をお急ぎではないからだ。」


↑私のクライアントは完成をお急ぎではない。 (gaudiexperiencia)

ガウディの意志が続いているのは100年程度ですが、日本は世界に類を見ないほど長寿企業が多い国であり、100年どころか1000年を超える企業もいくつか現存していて、本当に長く生き残っている企業に共通していることは、「いつの時代に、誰に見られたとしても恥ずかしくない仕事をする」「コア・ミッションからは絶対に離れない」など、このスピードや効率社会で、短期的に物事を考えがちな私たちが忘れかけていることが多くあげられます。(16) (17)

西暦578年創業で、聖徳太子に四天寺の建立を命じられたこともある金剛組の仕事は社寺の建築で、10年後には影響のないヒビでも、100年後には大変な事態を招いてしまうことがあります。

そのためには、良い木材と最高の技術力が必要になり、それを行うためにはこれだけのコストがかかるということをしっかりと説明できなければ、会社を100年、1000年と存続させていくことはできません。


↑良い仕事にはこれだけのコストがかかる、それが説明できなければ、会社は時代を超えて存続できない。(Terao Kaionin)

日本以外のアジアの国で、100年以上の歴史を持つ会社や店を見つけるのは難しく、韓国では「三代続く店はない」という言葉があり、歴史の長い中国でも100年以上続く企業は一社もありませんが、創業300年の歴史を持つ福田金属の福田誠治さんは企業が存続し続ける理由を次のように述べています。(18)

「バブルのときなんか、それはもう土地を買えとかなんやかんや言われたんですけど、身の程をわきまえたら、自分たちのやる仕事は、そういうものじゃない、と。“コア・ミッション”から離れてはいけない、というのはわかっていました。」


↑中国には100年続いている企業が一社もない。 (VisualAge)

本当の幸せというのは、現在どれだけのものを持っているかということよりも、未来にどれだけの希望を持っているかにかかっていると言います。人間は100年程度しか生きられませんが、スタンフォードでのジョブズのスピーチを聞いて、起業した若者が大勢いるように、本当に強い意志は後を引き継ぐ者が必ず現れ、自分が生きている間にサグラダ・ファミリアを完成できないことを知っていたガウディも次のように述べたと言います。(19)

「私がこの聖堂を完成できないことは、悲しむべきことではない。必ず、あとを引き継ぐ者たちが現れ、より壮麗に命を吹き込んでくれる。」


↑必ず、意志を引き継ぐ者たちが現れ、完成させてくれる。 (David Parent)

ガウディは1926年6月7日、夕方5時半にサグラダ・ファミリアでの仕事を終え、ミサに向かって歩いている途中、市電にはねられて亡くなりました。駆けつけた市民がガウディを病院へ運ぼうとしましたが、サグラダ・ファミリアの建設にすべての財産をつぎ込んでいたガウディの身なりがあまりにも貧しかったため、なんと4台ものタクシーが乗車を拒否したそうです。

こうして、サグラダ・ファミリアの建設は次の世代に託されたわけですが、最後の日の夕方、仕事を終えた職人に向かって言ったガウディの最後の一言が次の100年に光を灯すことになりました。

「諸君、明日はもっと良いものをつくろう。」

そして、今日もサグラダ・ファミリアの建設は続きます。でも本当に完成させることなんかに意味はないんじゃないかな。作り続けること、意志を次の世代に託すことにこそ、本当の意味があるのではないでしょうか。

※主な参考書

1.外尾 悦郎「ガウディの伝言」(光文社新書、2006年) Kindle 117 2.マガジンハウス「Casa BRUTUS特別編集 ガウディと井上雄彦」(マガジンハウスムック CASA BRUTUS、2015年) P37 3.外尾 悦郎「ガウディの伝言 Kindle 136 4.奥山 清行「伝統の逆襲―日本の技が世界ブランドになる日」(祥伝社、2007年) P136〜37  5.高城 剛「NEXTRAVELER」vol.02 バルセロナ (セブン&アイ出版、2013年)P13 6.GAUDi ガウディが知りたい! (エクスナレッジムック、2004年)P25、P29  7.外尾 悦郎「ガウディの伝言」Kindle P269 8.マガジンハウス「Casa BRUTUS特別編集 ガウディと井上雄彦」9.マガジンハウス「Casa BRUTUS特別編集 ガウディと井上雄彦」P72〜P73 10.奥山清行「100年の価値をデザインする: 「本物のクリエイティブ力」をどう磨くか」(PHPビジネス新書、2013年) P10  11.奥山 清行「伝統の逆襲―日本の技が世界ブランドになる日」P119  12.福田 哲夫「新幹線をデザインする仕事 「スケッチ」で語る仕事の流儀」(SBクリエイティブ、2015年) Kindle P387  13.福田 哲夫「新幹線をデザインする仕事 「スケッチ」で語る仕事の流儀」Kindle P621 14.外尾 悦郎「ガウディの伝言」Kindle P1636〜P1642  15.マガジンハウス「Casa BRUTUS特別編集 ガウディと井上雄彦」P32 16.金剛 利隆「創業一四〇〇年――世界最古の会社に受け継がれる一六の教え」(ダイヤモンド社、2013年)P18 17. 野村 進「千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン」(角川グループパブリッシング、2006年) P50 18.野村 進「千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン」P50 19.星野 真澄「外尾悦郎、ガウディに挑む―解き明かされる 「生誕の門」の謎」 P60

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