January 15, 2019
4つの才能を同時平行させる米津玄師「パートタイムで仕事をする人こそが21世紀の真のイノベーター。」

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2018年4月8日放送の「サンデーモーニング」で野球解説者の張本勲氏が、投手と打者の「二刀流」でメジャーに挑み、先発の投手ながら3試合連続でホームランを打って、ベーブ・ルース以来88年ぶりの偉業を成し遂げた大谷翔平選手を次のように批判しました。

「ホームラン?まぐれなのか、アメリカのピッチャーのレベルが落ちたのか。まあ、両方だと思う」

もちろん、張本氏以外にも、日本の野球界からは「プロを舐めるな!」、「マンガの世界。」、「自分の適正を見極めるための『お試し期間』にしておくべき。」、「両方中途半端に終わるだろう。」、「二軍であればいけるかもしれない。」などと言った多くの批判が寄せられたようです。


↑二刀流なんて両方中途半端に終ろうという意見が多かった。

日本には、「二足の草鞋を履く」、「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざがあり、イチロー選手のように一つの道を徹底的に究めることが美学だと考えられがちですが、最近では、様々な業界で、二足、三足、そして、四足の草鞋を同時に履き、逆に本業以外から与えられるインスピレーションが良い刺激となって凄い相乗効果を生み出す人たちが増えてきています。

米津玄師「人に届く言葉の書き方とか、リズムの作り方とか、それを探すことが、今の時代に生きること。」



「Lemon」などのヒットで、歴代ダウンロード数1位、人気ユーチューバーHIKAKINの動画再生回数をたった2本の動画で抜いてしまい、メディアにもあまり露出しないミュージシャンの米津玄師。

彼は作詞作曲の音楽制作はもちろんの事、CDのイラストを自ら描き、動画のアニメーションも自ら制作して、さらには、MVの中で、ダンスに挑戦するなど、三兎も四兎も同時に追うことで、良い相乗効果を生み出している新しいタイプのアーティストの一人です。

また、最近では、本田圭佑選手が現役選手を続けながらカンボジア代表監督を、長友佑都選手は「運動・食事・精神」の事業を柱にした会社を立ち上げ、プロバスケットボールの折茂武彦選手は現役選手兼レバンガ北海道の社長を勤め、陸上で世界記録を持つウサイン・ボルト選手がプロサッカー選手に挑戦するなど、やりたい事や得意なことを一つに絞らない人たちがどんどん増えてきています。


↑米津玄師は三兎も四兎も同時に追うことで、良い相乗効果を生み出している。

芸能界でも、柴咲コウさんが歌手と女優を続けながら会社を設立して事業家に、ピースの又吉直樹は芸人を続けながら小説家になって、ビートたけしも芸人を続けながら映画監督としても成功しました。

また、タレントの田村淳は投資や事業育成をする会社をカリフォルニアに設立、経営者では藤田晋さんが2014年、オープントーナメント「麻雀最強戦」で優勝するなど、こういった人たちにとっては、やりたい事を一つに絞るなんてことは考えられないのでしょう。

色々なことに手を出し、仮に一流になれなかったとしても、それは二流だと言う意味ではありません。


↑芸人は辞めない。芸人であることが小説を生み出す力になる。

大谷選手が「投手」×「打者」で、米津玄師が「音楽」× 「イラスト」×「映像」×「ダンス」を組み合わせて、競争者がいない新しい市場を創り出したように、一般の人たちでも下記の式が成り立つと言えます。

「100人に1人の2流のスキル」×「100人に1人の2流のスキル」× 「100人に1人の2流のスキル」=「100万人に1人の超レアなスキル」

「100人に1人の二流料理人」×「100人に1人の二流エンジニア」×「100人に1人の二流歌手」=「100万人に1人の一流の人材」


↑プロとしては成立しないスキルでも、それらを組み合わせることで、超レアなスキルになる。

100年ライフなどと言われるように、人間の寿命がどんどん伸びているのに対して、新しいビジネスモデルの寿命はひと昔の約30年から、現在では10年に縮まっています。

そう言った意味では、100年÷10で10年おきに仕事を変えながら、常に新しいプロフェッショナルスキルをアップデートするという考えもあるかもしれません。

しかし、10年おきに仕事を変えなくても、常に「好き」と「得意」を組み合わせて、自分の才能が重なり合う部分を見つけ、いくつかの事を平行して行っていけば、スキルはどんどん掛け算することができるでしょう。

その中で、業界の壁が無くなっていき、すべてがごちゃ混ぜになることで、まだ世の中に存在していない物を次々と生み出していけるようになっていきます。








↑「好き」と「得意」を組み合わせれば、自分の才能が重なり合う部分が必ず見つかる。

米津玄師さんは、「人に届く言葉の書き方とか、リズムの作り方とか、それを探すことが、今の時代に生きることだと思う。」と述べていますが、これは何もヒットを狙うアーティストだけではなく、一般人である僕たちにも言えることなのかもしれません。

100年という長い人生を生き抜くためにどう人生をDIY化し、生き抜く手段を探していくか、これを考える事こそが、「今の時代を生きること」なのです。

又吉直樹「若い時、楽屋で太宰治の小説を読んでいること自体が立派な『ボケ』として成立していた。」



もし、ただ単純に生産性を重視したいのであれば、二つ、三つのことを同時に追うよりも、一つのことに集中した方が良いことでしょう。

しかし、クリエイティビティの領域においては、知識や経験の「深さ」だけでなく、「幅の広さ」が創造性の質に大きく影響することが分かっています。

その証拠に、ノーベル賞を受賞する人たちは一般の科学者たちと比べて、芸術に関わる割合が圧倒的に高く、一般的な科学者と比較した場合、俳優、ダンサー、そして、マジシャンに関わる科学者が22倍、詩や小説を書く科学者は12倍、そして、美術や工芸に興味を持つ科学者が7倍の確率でノーベル賞を受賞する可能性が高いというデータもあるくらいですから驚きです。(1)






↑創造性の領域においては、知識の深さだけではなく、知識の広さも同じぐらい重要。

例えば、米津玄師さんは音楽づくりに真剣に取り組む一方で、普段から大量の漫画や映画を見てることを公言していますし、大谷選手は練習が終わったら家でチームメイトとバスケをしているのだそうです。(2)

また、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソンは熱気球で世界を一周する冒険家、堀江貴文さんは医療業界からスポーツ業界まで幅広く関わるアドバイザー、芥川賞を受賞した又吉さんは、若い時、楽屋で太宰治の小説を読んでいること自体が立派な「ボケ」として成立していたと述べています。

むしろ、「経営者×冒険家」、「芸人×小説家」といったような、全く関係なさそうなジャンルとジャンルの掛け算ほどアイディアの相乗効果は生み出しやすくなってくると言えそうです。

そう言った意味で、それぞれの世の中のテーマは必ず影響し合っており、アイディアとアイディアを統合することで、自分しか持っていないオリジナルのアイディアが生まれてくるのでしょう。




↑自分の仕事とは全く関係ないだろうと思うものほど、意味がある。

特に、音楽や芸術、そして、文章を書くなどと言った作業は一日中時間をかけたからといって、いい物がつくれるわけではありませんし、逆に別の仕事を一日中していて、夜一時間だけ創作活動すると作業が捗ることも結構あります。

大谷選手はピッチャーとバッターを平行してやるにあたり、ただ単純に練習量を倍にするのではなく、どうやったら両方上手くかを常に考えなければいけないと述べていました。(3)

もしかすると、ピッチャーの時は、バッターの自分がどう考えるかを想像し、バッターの時は、その逆のことを想像して、上手い相乗効果を生み出しているのかもしれません。

これは大谷選手のような特別な人に限らず、一般の社会でも同じことが言えます。

例えば、コンビニでバイトをしながら、「コンビニ人間」という小説を書き、芥川賞を受賞した村田沙耶香さんは、日々のコンビニで仕事をしながら、小説のネタを考えていたことは間違いありませんし、又吉さんも、昔コンビニでバイトしており、レジ打ちの合間にネタを考えるのが楽しかったとインタビューで述べていました。

村田さんは芥川賞を受賞しても、コンビニのバイトを続けているのだそうです。


↑夜、一時間だけ創作活動をすると急にアイディアが浮かぶことも多い。

また、歯医者として、音楽活動を続けているGreeeenや、調剤薬局に勤務しながら音楽活動を続け、いまも忙しい時はお店に出ているというケツメイシの歌詞は何か自然と日常の中に溶け込んだ、グッとくる要素があり、仮にCDが10万枚売れたのなら、「100,000:1」というよりは、「1:1が100,000通りある」ような親近感を覚えます。(4)

きっと、彼らは二足、三足のわらじを履くことで、芸能界にいると遠ざかってしまいがちな「日常」をしっかりと担保しているのでしょう。




↑どんな有名なアーティストでも、普通の日常を担保できなければ、いい作品は作れない。

経済が右肩上がりで、どんどん成長していくことが前提であった時代は、とにかく効率を重視して量をこなせばそれなりの結果が出たのかもしれません。

しかし、効率性よりも、創造性の方が経済発展の起爆剤になる時代には、二足、三足のわらじを履く方がお互いの相乗効果が現れて、実に「効率的」なのです。

専門家になるのではなく、新しい市場を創るという意識で動くことが大切なのでしょう。

「自分は◯◯のプロフェッショナルだ!」という自負は、もうただのお守りに過ぎない。



二兎、三兎を同時に追うことができる環境が整ったのは、様々な時代背景が影響しています。

例えば、少し前に堀江貴文さんが、「寿司職人が何年も修行するのはバカ」と発言して大きな話題になりました。

情報伝達が限られていた時代は美味しいご飯の作り方は誰かに教えてもらわなければ分かりませんでしたし、スポーツにしても、プロの真似をしたくてもチャンネルが限られていたり、テレビを録画して、持ち歩くという行為自体が非常に手間でした。

ところが、現在では美味しいご飯のレシピは検索すればすぐに出てくる。二刀流の大谷選手は部屋でYoutubeを見ていて「いいな!」と思ったプレーはすぐに外の練習場に行ってマネをしてみるのだと言います。(5)




↑Youtubeで「いいな!」と思ったプレーはすぐに真似できる。

また、ひと昔は動画の撮影機材だけで1000万円近くかかったものが、現在では個人でも手の届く値段になってきていますし、音楽の知識なしで「キセキ」という名曲を生み出したGreeeenのように、コンピューターのソフトを使えば、楽譜を読んだり、楽器を弾くことができなくても、素晴らしい歌を作れる時代になってきているのです。

米津玄師の音楽の凄さは言うまでもありませんが、学生時代に組んでいたバントは解散、本人も「人と一緒に物を作り上げる作業が絶望的に向いていなかった」と何度もコメントしています。

そこで、米津玄師は音楽ソフトを使ってギター、ドラム、そして、ベースも全部一人で制作し、さらには、歌や楽器などをコンピューターの音声で演奏するボーカロイドを使って自らボーカルまで務めてしまうのです。

米津玄師の作品のクオリティーは一人の人間が三足、四足のわらじを履いて、自身の鋭い感性を様々な部分で表現するからこそ、生み出せるものなのでしょう。


↑テクノロジーの発達で、いまは一人二役も三役も行うことができる。

逆に、毎年音楽大学を卒業する人は、全国で1000人近くいるそうですが、その中で、演奏で食べていけるのは、たった2.5%しかいないのだそうです。

残りの半分の人たちは、音楽の先生をしたり、音楽関係の産業に就職し、あとの半分は音楽とは全く関係ない仕事をすることになります。もしかすると、芸術や飲食の業界も同じような感じかもしれません。

そう言った意味で、テクノロジーの進化によって技術的な差が無くなりつつある今、物事の付加価値を決めるのは、技術以外の部分であり、クリエイターの高城剛さんが言うように、「自分は◯◯のプロフェッショナルだ!」という自負は、もうただのお守りにすぎないでしょう。




↑物事を付加価値を決めるのは専門的ではない部分。

むしろ、歯医者という本業を持ちながら音楽活動を続けているGreeeen、絵を描きながら音楽を創っている米津玄師、打者をやりながら投手をやっている大谷選手、そして、芸人をやりながら小説を書いている又吉直樹など、二足、三足のわらじで本業が何か分からないと言われるぐらいの人の方が、面白いものを生み出していけるのです。

イチロー「努力を努力だと思っている時点で、好きでやっている人には絶対には敵わない。」



日本であと数年プレーすれば、大金が望める契約が可能であった大谷選手は「100勝して何もないより、最後の最後に1勝して、そのときにすごいものを発見できたほうが嬉しい」と言い、自身の宣伝のチャンスでもメディアへの露出をあまり好まない米津玄師は、物事は難しいほうが面白く、とにかく美しく普遍的なものを作りたいと述べてます。(6)

又吉直樹も小説家としての自分を「もう1つのキャリアを目指したというより、表現の1つとしてやってみたいと思った。」と振り返っていました。

つまり、二足を履く人たちにとって野球や音楽などは、「すごいものを発見する」、「普遍的なものを作る」という挑戦を追いかけるために必要な表現のフォーマットの一部にすぎないのでしょう。


↑イラストやダンスは「普遍的なものを作る」という挑戦の中の一つの表現に過ぎない。

むしろ、どれだけプロフェッショナルなスキルを身につけても、そのスキルを通じて、何を表現したいのかという部分が明確になっていなければ何も意味がありません。

「芸術は爆発だ!」と言った岡本太郎は、東京美術学校を中退してパリに向かった際、最初の向かったのは美術学校ではなく、パリ大学の哲学科でした。

岡本太郎は、芸術のスキルを身につける前に、自身を爆発させるための火薬を手に入れるために哲学科の門を叩き、自身を爆発させるためのフォーマットとして、絵画や立体作品を選んだのです。






↑いくらイラストや音楽の才能があっても、自身を爆発させる火薬が無ければ意味がない。

そういった意味で、まずは何か新しいスキルを身につけようとするよりも、まずは自分の好きなこと、30〜40年単位で挑戦したいことをじっくり焦らず見つけることの方が先なのでしょう。

「好きなこと」をやることが一番生産的であり、イチローが言うように、努力を努力だと思っている時点で、好きでやっている人には絶対に叶わないわけで、好きなことが見つかったら、それを音楽で表現しようか、写真で表現しようかと考えていき、2足、3足とわらじの数を増やしていくことで、様々なものがミックスされてクリエイティビティが上がっていきます。

まとめ「一つのことをずっとやり続けるなんてまさに悪夢。」



特に、日本では職人のように一つのことに徹底的にこだわる考え方が美化され、中途半端なことに手を出すくらいなら本業に集中しろと言われることが多い。

だけど、情報社会の中で、日々これだけ多くの価値観に触れて、テクノロジーやツールを使って、様々なことが安易に表現できる世の中で、一つのことを永遠にやり続けることなど、まさに悪夢だと言えるかもしれません。

2足、3足のわらじを履いて、色々な業界の価値観に触れることが日常になると、業界それぞれのテーマが影響し合っていることがよく分かります。


↑いまの時代に一つのことをひたすらやり続けるなど、悪夢だとも言える。

桑田真澄選手がピアノのトレーニングをして自分の投球にイノベーションを起こしたり、ブックオフの創業者である坂本孝さんがミシュランのレストランとファーストフードのコンセプトを組み合わせて「俺のイタリアン」や「俺のフレンチ」をつくったように、長期的な問題を解決するのは、自分が専門としない業界の知識が必要なのでしょう。

100年時代が視野に入り、現在20代〜30代の人たちは、親の世代よりも20年以上長く生きることになります。

そう言った意味では、自分の将来に対して助走をつけられる期間は格段に長くなるだろうし、2足、3足のわらじをはき色々なところに寄り道しながら、新たな可能性を模索するのが当たり前の時代になっていくのは間違いありません。

パートタイムワーカーこそが真のイノベーターかもしれない。

2足、3足のわらじをはいて、助走を長く取れば、取るほど、きっとより遠くへ飛べるのだから。

参考書籍

◆1.アダム グラント「ORIGINALS 誰もが『人と違うこと』ができる時代」三笠書房、2016年◆2.石田 雄太「大谷翔平 野球翔年 I 日本編2013-2018」文藝春秋、2018年◆3.石田 雄太「大谷翔平 野球翔年 I 日本編2013-2018」文藝春秋、2018年◆4.ヨシナガ「ハイブリッドワーカー 会社勤めしながらクリエイティブワークする」講談社、2009年◆5.佐々木 亨「道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔」扶桑社、2018年◆6.石田 雄太「大谷翔平 野球翔年 I 日本編2013-2018」文藝春秋、2018年

その他参考にした書籍

◆坂口 孝則「未来の稼ぎ方 ビジネス年表2019-2038」幻冬舎、2018年、◆堀江貴文「多動力」幻冬舎、2017年 ◆村上 世彰「いま君に伝えたいお金の話」幻冬舎、2018年 ◆エミリー・ワプニック「マルチ・ポテンシャライト 好きなことを次々と仕事にして、一生食っていく方法」PHP研究所、2018年 ◆ダニエル・ピンク「When 完璧なタイミングを科学する」講談社、2018年  ◆トーマス・フリードマン「遅刻してくれて、ありがとう」日本経済新聞出版社、2018年 ◆古森 重隆「魂の経営」東洋経済新報社、2013年 ◆ジョフ・コルヴァン「究極の鍛錬」サンマーク出版、2015年 ◆兼松 雄一郎「イーロン・マスクの世紀」日本経済新聞出版社、2018年 ◆小松 成美「それってキセキ GReeeeNの物語」KADOKAWA/角川マガジンズ、2016年 ◆増村岳史「ビジネスの限界はアートで超えろ!」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018年 ◆又吉 直樹「夜を乗り越える」小学館、2016年

/YONEZU