画像:SoundCloudスクリーンショット
今年の「Summer Sonic’18」で初来日することが決定している「チャンス・ザ・ラッパー」は、Apple Music、Spotify、そして、Soundcloudなどのストリーミング・サービスを最大限に活用して無料で音楽を提供することで、ついに物理的なCDを一枚も販売せずにグラミー賞を受賞するという快挙を成し遂げました。
現在、40歳以下の人たちは無料で音楽を提供してしまって、どうビジネスが成り立つのか?無料なんて絶対にあるはずがない、最初だけ無料だと言っておいて、あとで絶対どこかでお金を取るつもりなんだろうと考えてしまいがちですが、チャンス・ザ・ラッパーはこれからも音源からお金を取る予定はなく、本当にずっと無料で音楽を提供していくのだと言います。
https://soundcloud.com/chancetherapper/no-problem-feat-lil-wayne-2-chainz
https://soundcloud.com/chancetherapper/favorite-song-ft-childish
実際、チャンス・ザ・ラッパーはどこのレーベルにも属しておらず、ツアーだけでお金を生み出します。
彼に言わせれば、音楽レーベルはすでに「死んでいる産業」で、どこにも属さないインディペンデントなアーティストこそ、真の自由なのだとして、ホワイトハウスに招かれてオバマ元大統領から「そろそろ音楽を売るべきではないか?」とアドバイスを受けても、彼は音楽を常に無料でユーザーに渡すという考え方を一切変えていません。
リサーチ会社、ニールセンの調査によれば、オンライン上で1500回ストリーミングされるとアルバムが1枚売れたことと同等の価値があり、収入よりも注目されることの方が価値があると考えるクリエイターにとって、無料でコンテンツを公開してしまうという戦略は十分に理にかなっていると言えます。
日本では少し遅れているところもありますが、もう最新のPCにはCDを入れる場所すらありませんし、iTuneのダウンロード購入も確実に売上が落ちていく中で、アップルもストリーミングにシフトしていますから、従来のように一年に数曲のシングル曲をリリースして、数年に一枚のアルバムをつくるぐらいのペースではアーティストとしての存在感は保てないのかもしれません。
イギリスの作家、ダグラス・アダムズは人間とテクノロジーの関係について、生前に次のような言葉を残しています。
「あなたが生まれた時にすでに存在していたテクノロジーは、その人にとっては何の違和感もない普通のものであり、自然の一部だと感じる。15歳から35歳の間に発明されたテクノロジーに対しては、それに興奮を覚え、革命的なものだと感じる。そして、35歳以降に発明されたものは、自然に反するものだと考えるようになる。」
ちなみに、チャンス・ザ・ラッパーのデビューするキッカケとなった「10 day」というミックステープは高校3年生の時にマリファナを吸って10日間の停学処分になった時に制作されたもので、1993年生まれの若者にとって、ストリーミング配信はある意味当たり前のビジネス戦略なのでしょう。
「強い者、頭の良い者が生き残るわけではなく、変化に対応できるものが生き残る」という自然科学者、ダーウィンの言葉の通り制作資金やレベールのバックアップがあるアーティストが常に勝つわけではありません。
例えば、エアロスミスは「もうアルバムは作る意味がない」として、ダウンロードすることができないコンサートに力を注ぐ意向を表明していますが、日本でも常に変化を意識する矢沢永吉さんは次のように述べています。
「YouTubeって便利だな、びっくりしたよ。俺の曲が気になったらどんどん見てくれたらいい、ダウンロードも歓迎。でも俺も、家族や社員に飯食わせなきゃいけないから、今後はライブで頑張るよ。ライブはダウンロードできないし、お客さんも喜んでくれるだろ。」
技術雑誌ワイヤードの編集長を勤めたクリス・アンダーソンが述べる通り、20世紀と21世紀の「無料」の意味は大きく異なることでしょう。
20世紀の無料は、次に何かを売るための戦略でしたが、21世紀の無料は最初から最後までずっと無料であり、売上よりも注目の方が価値が高い世の中での無料は、ユーザーやファンと常に繋がり続けるための最も重要な戦略なのかもしれません。
参考書籍
クリス・ アンダーソン「フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略」NHK出版、2009年