イラスト:リーディング&カンパニー
仮に今あなたが30歳だとして、80歳まで残り50年の人生を生きると仮定しましょう。
一日24時間のうち睡眠や入浴、そして食事など、絶対に必要な時間が一日10時間ほどだとすると、自由に使える時間は14時間程度ということになり、あなたの人生の残り時間の計算式は次のように表すことができます。(1)
14時間 (1日に自由に使える時間)× 365日(1年) × 50年(あなたの残りの人生) =約260,000 時間
当たり前ですが、失ってしまった時間は二度と取り戻すことができない貴重な資源で、これを分かりやすくお金という概念で考えると、あなたの財布には今約26万円というお金が入っていて、決して増やすことのできない資源を毎日、毎日14円(1時間=1円)ずつ切り崩して生活していることになります。
↑あなたの時間という資産は、あと26万円しかない
本物のお金であれば、仮に1000万円失っても、取り戻すことはできますが、今ここで失ってしまった1時間は二度と取り戻すことができず、かのユニクロの柳井社長も尊敬しているピーター・ドラッカーは時間という概念について次のような言葉を残しています。(2)
「私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく、自分の時間を奪おうとする非生産的な要求を退ける。」
「成果をあげる者は、時間が制約要因であることを知っている。あらゆるプロセスにおいて、成果の限界を規定するものは、もっとも欠乏した資源である。それが時間である。時間は、借りたり、雇ったり、買ったりすることはできない。その供給は硬直的である。需要が大きくとも、供給は増加しない。価格もない。限界効用曲線もない。簡単に消滅する。蓄積もできない。」
「時間を無駄に使わせる圧力は、常に働いている。なんの成果ももたらさない仕事が、時間の大半を奪っていく。ほとんどは 無駄である。地位が高くなれば、その高くなった地位が、さらに時間を要求する。」
↑ドラッカー「時間の収支表は常に大赤字である」(イラスト:リーディング&カンパニー)
現在、日本一利益を出す企業はトヨタ自動車ですが、トヨタはこの増やすことも、借りることもできず、会社経営に最も不足する時間という資源を日本で一番真剣に考えた企業なのかもしれません。
例えば、モノを探している時間は利益を生むどころか、利益を搾取する一方で、トヨタの人間は「探す」という作業を嫌い、徹底的に整理整頓をして、ある部署では「あの書類を見せてほしい」と言われたら10秒以内に取り出すことが暗黙のルールになっていたと言います。(3)
また、トヨタでは自分の考えがまとまっていない状態で会議に望んでは、他の人の貴重な時間を奪ってしまうという考えから、企画書にしても、会議の資料にしても、伝えたい内容をA4の用紙一枚に凝縮して事前に渡さなければならず、この「考えられた資料」が議論を深いものにするのだそうで、資料がなければ会議はしないといったこともあるようです。(4)
↑日本一利益を出す会社にとっての、最大の損失は絶対に増やすことのできない「時間の無駄」
トヨタの人達にとって、伝えたい内容をA4の用紙一枚に凝縮したりすることは、歯を磨くことぐらい当たり前なのだと言います。
トヨタの豊田章男社長やイーロン・マスクは時間的なロスを避けるために決断を数秒で行い、2008年頃、スペースXの資金がどんどん無くなっていった時に、イーロン・マスクは「なんでも燃費効率で考えろ。この会社の燃費は1日2400万円だ」と口癖のように言っていたそうですが、二度と取り戻せない時間という概念こそ、これぐらいの強い意識が必要なのは間違いありません。(5)
↑なんでも燃費効率で考えろ、この会社の燃費は1日2400万円、1日は24時間だ (Flickr_OnInnovation_CC)
日本人は労働時間にして約19日分にあたる年間150時間の時間をモノ探しに使い、ある調査では、大企業は年間30万時間もの時間を会議に使っていたと言います。
無駄な会議を増やして「日本人は他人の財布は盗まないが、他人の時間は平気で盗む」とも言われる通り、利益日本一のトヨタの本質はイノベーションでも、カイゼンでもなく、決して増やすことができない時間の本質を理解するというところにあったのかもしれません。(6)
電車の遅延で遅刻したという幼稚な言い訳は、鉄道会社に伝えて下さい。あなた達のせいで待ち合わせに遅れてしまったとね。
待ち合わせをする時にしても、1分も遅れずしっかりと時間どおりに来るか来ないかで、相手の決して増やすことのできない時間をどれくらい尊重しているかがよく分かります。
時間の質に頑としてこだわり、「1日の密度を2倍にして、人生を160年、240年にする」とまで豪語していた田中角栄は、時間厳守で相手の本気度が分かるとして、恋人とのデートで相手が1分遅れただけでも、相手に声すらかけず、クルりと背中を向けると手を上げてタクシーを停め、その場から立ち去ってしまったと言います。(7)
↑田中角栄「決して増やすことのできない相手の時間を尊重するかで、相手の本気度は確実に分かる」
よく、「電車の遅延で遅れてしまいました」という人がいますが、それであれば遅延があるかもしれないという前提で、少し早く家を出ればいいだけの話です。
人生の貴重な時間を使って待っている方からすれば、「電車が遅れたせいで待ち合わせに遅刻してしまったという言い訳は、鉄道会社に伝えて下さい」と言いたくなってしまいますし、カップラーメンと同じように「待っている時間」というのは通常よりも何倍も長く感じられてしまうものです。
どうしても遅刻ばかりしてくる時間泥棒がいる場合には9:55集合、10:01分スタートなどと少しズラした開始時刻を設定することで、あなたが時間に厳格であるというニュアンスを伝え、相手に時間の大切さを意識させなければ、トヨタのように長期的にしっかりと利益を出せる企業にはいつまでたってもなれないでしょう。(8)
↑遅延の言い訳は鉄道会社に伝えて下さい。電車が遅れたせいで待ち合わせに遅刻してしまったと。
42歳という遅い年齢でホンダを起業し、世界一の企業を目指した本田宗一郎は、自分が成し遂げたいことの大きさと残された人生の短さに大きなギャップを感じていました。
宗一郎は「時間を大切にする」という概念を通り越して、時間に対しては恐ろしいほどにやかましく、打ち合わせがあれば必ず数十分前にはその場所に着き、下請けの会社に対しては納入と同時にモノがすぐ使えるよう、常に納品の仕様を厳しくしていったと言います。(9)
また、宗一郎が16歳で自動車の修理工場に弟子入りするため上京することになった時、普段はあまり喋らない父が熱心に宗一郎に説いたことが、「時間を有効に使うか無駄にするかで人生が決まる」という時間の大切さでした。宗一郎はこの教えを生涯一貫して守り続け、「約束のなかでもっとも大事なものは時間である」として次のように述べてます。(10)(11)
「日本人は、わりあい時間にルーズで ある。ぼくはどんな会合でも一分と遅れていったことはない。それはなぜ かといえば、時間を大事にしているからである。ウチがこれだけ伸びたのも、金があって伸びたのではない。時間というものをじょうずに使っ たから伸びたのだ。」
↑人生で限られた時間を有効に使うのは、人間を尊重するのと同じことである
海外の方に日本人の良いところを聞くと「いつも時間通りに来る」という点を挙げる人が多いです。
しかし、これは裏を返せば、海外では時間通りに来ないのが普通で、もし日本がこのまま海外の文化をどんどん取り入れ、国際文化に染まっていけば、時間通りに来ない人がどんどん増えていくことになり、メッセンジャーで「ちょっと遅れるから」と、人生で最も大事な資源である時間を無駄にする人が増えることでしょう。(12)
もともと日本人は時間に対して意識の高い民族で、世界的にまだ時計や時間という概念がなかった江戸時代から、何か出来事があると朝五ツ時(午前八時)などとしっかり記録をつけていた珍しい国でもありました。
↑国際文化をどんどん受け入れるということは、日本人がどんどん時間にルーズになるということでもある
日本人1000年の知恵を詰め込んだと言われる日本の電車は、海外では「電車が遅れる」という概念を平均15分で考えるのに対して、日本ではそれが1分以下と、その正確さは私たち自身が知っている通りです。(13)
ヨーロッパから見ればアジアの島国にしか過ぎない日本が、産業革命にはるかに遅れをとりながらも、ここまで時間に正確で、安定した鉄道のシステムを作り上げることができたのは、偶然や明治政府のビジョンの高さではなく、日本が明治を経て近代化する以前の時代に時間に対する意識を強く持っていたからなのでしょう。
それが少しずつ、失われつつあるということは一体どういう意味なのか少し考えてみる必要がありそうです。
ジェフ・ベゾスの時給は7000万円「時間を意識するか、しないかで、長期的な生産性は4万5000倍もの差がつく。」
(ali asaria_Flickr_CC)
現在、世界最速の男は100メートルを9秒58で走るウサイン・ボルトですが、どんなに足が遅い人でもボルトの5倍の時間をかければ100メートルを走ることができるため、一般の人と世界最速の男との運動能力の差は5倍程度ということになります。
しかし、ビジネスの能力で考えるとこれらの意味は全然違ってきます。例えば、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾスの資産は約9兆円で、仮に日本人の生涯賃金が2億円だとした場合、その差は約4万5000倍にまで膨れ上がります。
ベゾスの株の一年の配当率が仮に7パーセントだとすると年間約6300億円、一日17億円、1時間の時給では寝ている間も含めて約7000万円と、日本人の生涯賃金をベゾスはたった3時間ほどで生み出していることになり、育った環境の違い、学歴など様々な違いなどはあるにせよ、24時間という時間だけは平等であるため、ドラッカーが言うようにこの1分、1秒という時間をどう意識するかで長期的な仕事の質に圧倒的な開きが出てくるのでしょう。
↑運動能力の差はたかが5倍だが、仕事の質の違いは4万5000倍にも開く
イーロン・マスクは他の人が週40時間働いて、1年かかってやることを週80時間~100時間働けば、4ヶ月で終わらせることができると述べ、恐らくこれが時間的な密度を濃くし、小さい企業が大きい企業に対して奇襲をかけられる数少ない方法なのではないでしょうか。
本田宗一郎も生産性を倍増したいのであれば、今の仕事を半分の時間で行えるようにすればいいと断言しています。(14)
このように常に頭を使って、絶対に増やすことのできない時間の無駄な消費を抑え、それによって浮いた時間をまた新しいことに投資していくなど、時間をただ消費していくのではなく、時間を資産運用するという概念を持てるか持てないかで、その人の時間的な密度は大きく変化していくことでしょう。
また、世の中には「急ぐ仕事ほど忙しい人に頼め」という言葉がありますが、このように仕事がデキる人への報酬というのは、さらに重要な次の仕事が与えられるということなのかもしれません。
↑たった80個のショートカット・キーを覚えるだけで1日が30時間になったような感じがするほど時間が増える
午前中は会社に行ってメールの返信と会議、ちょっと長めのランチを友達ととって、午後から2件のアポに行く。そして、会社に戻ったら報告と雑務に追われて、気づけば18時。夕食を買って帰宅し、その後はスマホをいじりながらテレビを見ていたらあっという間に寝る時間といったように、仕事の生産性は大して上がらなくても、目の前のことをこなしているだけで「頑張っている」という実感は得られるため、こんな感じで3年や5年という時間はあっという間に過ぎていってしまいます。
このような生活をずっと繰り返している人達は、「昔はよかった」という言葉が大好きです。
周りはしっかりと考えて時間の密度を濃くし、時間を資産運用できているのに対して、自分はただ時間を浪費しているだけなため、居場所がどんどん無くなっていってしまいます。
↑「昔はよかった」なんて言ったら、その人の生産性はもうずっと上がっていない証拠である
20世紀を代表するイギリスの小説家、アーノルド・ベネットは自分の習慣を変えるには、「全部変えよう」といった大きいことをしなくても、1週間に7時間、つまり1日1時間ぐらいの生活内容を変えるだけで大きな変化が起きていくのだと言います。(15)
多忙なトップリーダーたちは、お金で変えるものであれば、躊躇せず時間もお金で買い、人に任せて時間をカットできるのであれば、どんどん人に任せて自分の時間の価値を最大化させていくことでしょう。そういった意味で、忙しい人たちの時間というのは本当に貴重なのです。
まだ、高校生で無名だった孫正義さんは、マクドナルドを日本で展開した名経営者、藤田田さんにどうしても会いたくて、何度も何度も秘書に面会を断られながらも、溢れるほどの熱意を伝えてやっと会ってもらうことができましたが、忙しい人に時間をもらう時は、その1o分、15分という短い間だけでも、その人と同じぐらいの価値が出せるというぐらいの熱意がなければ、とても失礼なことになってしまいます。
もちろん、お金だけで判断できるものではありませんが、ベゾスの時給は7000万円なのですから。
まとめ「時間を管理する大蔵大臣になれ。」
冒頭でも申し上げた通り、もしあなたが30歳なのであれば、「14時間 × 365日 × 50年 =約260,000時間」で、時間という決して増やすこともできない、また同時に奪われることもないお金があなたの財布のは26万円分入っていることになります。
この26万円という資本に対して自分自身がそれを管理する大蔵大臣になり、どう意味のある利益を上げられるかが、人生そのものの定義なのでしょう。
あまり時間にギスギスするのは嫌ですが、あまりにも意識しないでいると会社、スマホ、テレビ、そして友人など、あなたのすぐ近くにいる時間泥棒に二度取り戻せない時間がどんどん盗まれていってしまいます。
他人の財布は盗まないけれど、他人の時間は平気で盗む日本人。もしかすると、二度と取り戻せない時間を盗むことは本物のお金を盗むと同じぐらい罪が重いことなのなもしれません。
参考書籍・引用
1.長野慶太「TIME×YEN 時間術 すべての時間を成果に変える31の鉄則」草思社、2009年 P24 2.P・F. ドラッカー「プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか」ダイヤモンド社、2000年 Kindle 3.(株)OJTソリューションズ「トヨタの片づけ」KADOKAWA、2015年 Kindle 4.浅田すぐる「トヨタで学んだ『紙1枚! 」にまとめる技術」サンマーク出版、2015年 Kindle5.アシュリー・バンス「イーロン・マスク 未来を創る男」講談社、2015年 Kindle 6.デービッド・アトキンソン「日本再生は、生産性向上しかない!」飛鳥新社、2017年 P101 7.向谷匡史「田中 角栄 絶対に結果を出す『超』時間管理術」三栄書房、2016年 P20 8.長野慶太「TIME×YEN 時間術 すべての時間を成果に変える31の鉄則」草思社、2009年 P189 9.城山 三郎「本田宗一郎との100時間」PHP研究所、2009年 P178 10.中部 博「定本 本田宗一郎伝―飽くなき挑戦 大いなる勇気」三樹書房、2012年 P51 11.片山 修「本田宗一郎からの手紙」PHP研究所、2007年 Kindle 12.養老 孟司「『自分』の壁」新潮社、2014年 Kindle13.三戸 祐子「定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?」新潮社、2005年 Kindle 14.本田 宗一郎「ざっくばらん」PHP研究所、2008年 Kindle 15.アーノルド ベネット「自分の時間」2016年、三笠書房 P3〜4