先日、熊本現代美術館に行ったら「Death Clock」と呼ばれ、その人の白黒の写真と残りの人生の日数(秒数)が明記されたものが、何十枚、何百枚と展示されていました。
よく、「生きる意味」をしっかり考えることが大切と言われる中で、この「Death Clock」プロジェクトは「生きる意味」を知るために、まずは自分がいつかは必ず死ぬということを受け入れなければならいことを気づかせる一種のアートでもあります。
しかし、よく「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない」とも言われるように、まだ当分死ぬ感じがしなくても、「死」という終着点に一度目を向けることで見えてくるものはきっと多いはずです。(1)
↑この瞬間も僕は刻々と死に近づいており、世界のどこかで何十人、何百人という人が亡くなっている。(Pic:L&C)
人が死ぬということは、果たして不幸なことなのでしょうか? 遅かれ早かれ、人間の死亡率は100%で、そう言った意味では誰しも「死」を確実な未来として生きているわけですが、もし死ぬことが不幸なのであれば、僕たちは負ける戦に向かって常に前進し、人生は歳を取れば取るほどに敗北に近づいているということになります。(2)
少なくても、僕は死をポジティブなものとして捉えることはできないけど、ネガティブで不幸なものだとは捉えたくはありません。
例えば、サムライは「この命を何に差し出すか」ということを常に考えていたからこそ、命の尊さを一番理解していましたし、楽天の三木谷さんは阪神淡路大震災で親族と友人を3人亡くし、自分もいつか必ず死ぬと意識したことが、事業家になる大きなキッカケになったのだと言います。(3)
↑「死」=「不幸」だと捉えた瞬間、人生はすべて負け戦さになってしまう。
僕たちは日常ではあまり「死」を意識していないように思われがちです。
ところが、日本の映画配給収入ランキング20位の中で、人の死がストーリーに組み込まれている映画はその中の9割に当たり、そのうち5割は大量に人が死ぬものだと言いますし、文学で歴史的に有名になったものの多くには「死」の概念が含まれ、日本では村上春樹の作品にも死について考えさせる場面が多数出てきます。
そもそも、欧米では伝染病が普通にはびこっていた時代には、乳幼児の死亡率は極めて高く、幼い子を一人も亡くしていないという家庭はまれでした。
現代は医学が目覚ましい発展を遂げたことで、伝染病の多くが無くなり、日本でも5人中4人は自宅ではなく、病院で亡くなるようになったことから、身近で現実味のある死に直面する瞬間がどんどん少なくなってきているのではないでしょうか。(4)
↑人間は必ず100%、死ぬものであるはずならば、死はもっと身近なものであるはずである。(Pic:L&C)
最近ではビートたけしの暴力的な映画や進撃の巨人のように、友人がいとも簡単に死んでしまうような作品がヒットする背景には、もしかすると僕たちの身近からあまりにも極端に死という概念が消えてしまったからなのかもしれません。
人生の定義が「いのち=生きる」ではなく、「いのち=生きる+死ぬ」ということなのであれば、次の時代を生きる子供たちには生きる意味だけではなく、死ぬ意味もしっかり教えてあげなければならないことでしょう。
↑「死」と「詩」はつながっている。生きる意味だけではなく、死ぬ意味も様々な形で伝えていく必要がある。(Pic:L&C)
「死ぬ瞬間」の著者である精神科医のエリザベス・キューブラー・ロスは死の受容への5段階として、「否認→怒り→取引→抑うつ→受容」というプロセスを論じましたが、できれば、人生のできるだけ早い段階で自分の死を意識して受け入れ、死の受容への5段階のうちの4段階をスキップして、一気に「受容」にたどり着けることが理想なのかもしれません。
アマゾンCEOのジェフ・ベゾスは自身の死を早い段階で受け入れ、自分が死んでからも1万年は時を刻み続ける巨大時計をテキサスの山岳地帯に建設するというプロジェクトを進めていますし、野球殿堂入りしたボストン・レッドソックスのテッド・ウィリアムズも、自分の死を意識した上で、83歳だった2002年に、死後自分の体をマイナス120度で冷凍保存して、200、300年後の時代の最新のテクノロジーで自分を生き返らせてもらうという契約をクライオニクス・インターナショナルという機関と行ったと言います。(5)
↑死を早い段階で受容することで、できることの可能性がどんどん広がる。(vimeoキャプチャー)
「ヒト・レニン」の遺伝子解読などで世界的に有名な筑波大学の村上和雄さんによれば、人間には自分の死がはっきりと受け入れられた時にオンになる遺伝子があるのだそうです。
恐らく、人生の最後になって、もっと会社で残業しておけばよかったなんて思うことはことはないでしょう。
そう言った意味で、死を理解し、受け入れるということは生きるうえでの本質を理解するということなのかもしれません。
引用・参考書籍
1.シェリル・サンドバーグ/アダム・グラント「OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び」日本経済新聞出版社、2017年 Kindle 2.一条 真也「死が怖くなくなる読書:『おそれ』も『かなしみ』も消えていくブックガイド」現代書林、2013年 P2 3.杉本 貴司「孫正義 300年王国への野望」日本経済新聞出版社、2017年 Kindle 4.エリザベス キューブラー・ロス「死ぬ瞬間―死とその過程について」中央公論新社、2001年 5.アレクサンドラ・ウルフ「20 under 20 答えがない難問に挑むシリコンバレーの人々」日経BP社、2017年