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過酷な仕事が身体を壊すのは言うまでもありませんが、逆に「楽すぎる仕事」も、その人の幸福度をどんどん下げていくようです。
イギリスで公務員を対象に行われた調査によれば、組織内で地位のランクがもっとも低い人は、ランクが高く、より重要な仕事を行う人と比べて、死亡率が2倍になるのだと言います。
また、経営コンサルタントとして様々な会社に出入りしている神田昌典さんは、社員同士の仲がよく、比較的ゆっくりした会社よりも、社内は殺伐とし、お世辞にも会社の雰囲気が良いとは言えない会社の方が、業績は圧倒的に高かったのだそうです。
↑「楽すぎる仕事」は死亡率を2倍にする。
アーティストの分野でも、スラムダンクの井上雄彦さんやジブリの宮崎駿さんのドキュメンタリーを見ると、納得がいくものが作れず、ストレス三昧の生活を送っていますし、ハリーポッターを書いたJKローリングも、シングルマザーで子育てをするというストレスが多い中で、物語を書き上げていきました。
多くの人は、ストレスの少ない会社で、楽な仕事をしながら、プライベートも充実させた生活が幸福度を上げる一番の近道だと考えているかもしれません。
しかし、スタンフォード大学のケリー・マクゴニガル教授は著書の中で、ストレス度指数が高い国ほど、国の反映度、平均寿命、そして、幸福度が高いということを指摘しています。(※この本の中では、貧困、飢餓、汚職、暴力が横行している国の人々は、必ずしも自分の生活にストレスが多いとは思っていないと述べられている。)
↑ストレスが多い国の方が繁栄している。
そもそも、「ストレス」とは、自分にとって大切なものが、脅かされそうな時に発生するものです。
例えば、テストの前日になっても勉強をしていない時、明日のプレゼンが上手くいくかどうか心配な時、もしくは、子供の帰りが遅くて不安な時など、様々な時にストレスは発生しますが、これは逆を言えば、どれだけそのことを真剣に考えているかという裏返しでもあります。
そう言った意味では、「ストレス」と「人生の意義」の間には、密接な関係があり、大してストレスのない人生は、大して意義のない人生と言い換えることもできるでしょう。
↑大してストレスがない人生とは、大して意義のない人生のこと。
ストレスとは、いま自分が取り組まなければいけないことに対して、しっかりと取り組んでいない時に、脳から発生するアラート機能のようなもので、逆にそのストレスのアラート機能が活発になっている時の方が、集中力が増して、パフォーマンスが上がるとも言えます。
よくオリンピックなどに出る一流のアスリートは、本番直前になると、意識を集中させた目つきをし、不安げな顔をしているアスリートはほとんどいません。
ところが、比較的一般の人達が参加するマラソン大会などでは、多くのランナーが「自分は本当に完走できるのか」と不安げな顔をしています。
これは、一流のアスリートは本番前にストレスを感じないというわけではなく、素人と同じようにストレスを感じますが、一流の選手が一般の選手と大きく違うのは、ストレスを本番で有効に活用する方法を知っているということでしょう。
↑考え方ひとつでストレスは能力以上の力を出すトリガーになる。
水泳で一流と平凡な選手を対象に行われた調査によれば、両者ともに試合前は緊張し、ストレスを感じる傾向にありました。
しかし、大きく違った点は、平凡な選手はストレスを無視・抑圧するものだと考えていたのに対して、一流の選手は、ストレスから生まれる感情は、自分の能力以上のものを発揮させる手助けになるものだと考え、「自分はわくわくしている。自分は興奮状態にある。」と捉える傾向にあったのです。
ギリシャ・ローマの時代には、常にストレスを感じていることが天才の条件だと言う哲学者もいました。
そう言った意味では、芸術家が才能を伸ばそうとする時、挫折や絶望が発想の具材になるでしょうし、不景気の時には、良い芸術が生まれやすいという面も、十分納得がいきます。
↑常にストレスを感じていることが天才の条件
宇多田ヒカルさんは、逆に色々な悩みが積み重なって、ストレスが溜まってきた時こそ、創作活動をしてストレスを発散させるのだとして、次のように述べています。 (1)
「自分のことがわからなくなったり、人生に悩んでもやもやした気持ちが溜まることもあるだろう。そんな行き場の無い不安やストレスを、遊びまくったり酒飲みまくったり女遊びをしたり、カラオケで歌いまくったり、バッティングセンターで発散するのもいいけどそれらはその場しのぎの逃避でしかない。いくら体が疲れても、なんか疑間が残んない? 」
「もやもやを振り払うたった一つの方法は 、例えば、歌を創る 、文章を書く、写真を撮る 、絵を描く、といった創作活動なんじゃないか。それもまた逃避の一つではあるけれど、 やみくもにエネルギーを無駄遣いするのとは大きく違う。 」
「創作行為って不思議。ただのストレス発散とは違って、内なるプロセスなのに、自分とは別の、形あるものが残る。 なにかを残すために『創造』するんじゃない。『作品』は『創造』の副産物に過ぎない。」
↑創作活動こそが一番のストレス解消法。
もしかすると、僕たちが日々感じているストレスは、世の中はどんどん変わっているのだから、そんな意味のないことを嫌々やっていないで、もっと意味のある自分の好きなことをやれという身体からのアラートなのかもしれません。
カリフォルニア大学バークレー校のネズミを使った実験によれば、ネズミにストレスを加えたところ、身体からは今まで存在しなかった新しい細胞が生まれました。
2週間後、その細胞は成熟し、ネズミの学習や記憶の機能を成長させたのだと言います。
多くの人は、忙しい毎日から開放されて、ストレスのない生活を送れたら幸せになれると考えているのかもしれませんが、実際はその逆で、ものすごく忙しくても、幸せな人生を送っている人はたくさんいることを忘れてはいけません。
↑ストレスは「もっと、好きなことをやれ!」という身体からアラート。
幸福の反対があるとすれば、それは不幸ではなく退屈なのだろうし、ストレスに感じることがない人生とは、大切に思うことが全く存在しない意義のない人生なのだろう。
ストレスは意義のある人生には絶対に必要なものなのだ。
Note:
(1)宇多田 ヒカル「点―ten―」EMI Music Japan Inc./U3music Inc、2009年
参考書籍
■鈴木 祐「科学的な適職 4021の研究データが導き出す、最高の職業の選び方」クロスメディア・パブリッシング、2019年 Kindle ■アンダース エリクソン・ロバート プール「超一流になるのは才能か努力か?」文藝春秋、2016年 ■ケリー・マクゴニガル「スタンフォードのストレスを力に変える教科書」大和書房、2015年■ブラッド・スタルバーグ、スティーブ・マグネス「PEAK PERFORMANCE 最強の成長術」ダイヤモンド社、2017年 ■鈴木 敏夫「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」文藝春秋、2019年 ■ロバート・ブルース・ショー「EXTREME TEAMS(エクストリーム・チームズ)アップル、グーグルに続く次世代最先端企業の成功の秘訣」すばる舎、2017年 ■神田 昌典「インパクトカンパニー 成熟企業を再成長させる、シンプルな処方箋」PHP研究所、2019年