先月、スペイン北東部にあるフランス国境にも近い、人口わずか18万人に満たない街、サン・セバスチャンに行ってきました。
この小さな街は10年近く前まで、特に目立った産業もなく、世界遺産や美術館などの観光資源も存在しなかったため、観光客が海外からわざわざ足を運ぶことはありませんでしたが、この街は集客の目玉として「美食」に焦点を当て、現在は、この小さな街にミシュランの一つ星レストランが4店、二つ星レストランが2店、そして三つ星レストランが3店もあり、人口一人あたりのミシュランの星の数はダントツの世界一で、世界中から観光客や美食家がサン・セバスチャンに詰めかけています。
↑何もないところから、十数年で世界有数の美食都市。
歴史をたどれば、1970年代まで料理の中心はフランスで、80年代に入るとそのトレンドはピザを中心としたイタリアに移り、そして90年代後半からは寿司に代表される日本食ブームが起こりましたが、2010年以降少しずつブームになり、これから台頭すると言われているのがスペイン料理で、今後のレストラン業界の未来がわかると言われているイギリスの「レストラン」誌が選ぶトップ10には、スペイン料理、もしくは著名なスペイン料理店で修行したシェフのお店が数多くランクインしています。(1)
↑フランス、イタリア、そして日本食の次は「あたらしい食」がコンセプトのスペイン料理。 (Queseria la Antigua)
そんなスペイン料理の中心的存在でもあるサン・セバスチャンが短期間で成功した理由は、料理業界の伝統的な弟子制度を廃止したことにあり、外国で料理の勉強をして身につけた技法や、世界を旅して学んだ料理の知識を故郷に戻ってみんなで共有し、教えあうことで、一軒のレストランだけではなく、街全体が美食都市として急成長していきました。
いまでも料理業界は、「親方の技を目で盗む」という完全な弟子制度が当たり前で、何年も皿洗いや店の掃除をしながら技を身につけていくことが多いですが、これでは伝統的な味を覚えるために何年もかかってしまい、新しいことに挑戦しようとしても、長い年月の修行期間を終えてからでなければ始めることができません。
↑料理界では当たり前の弟子制度では、伝統的な味を身につけるのに何十年もかかってしまう。 (olle svensson)
例えば、街に天才シェフの店が一軒あって、その店がもの凄く流行っているのであれば、その店は当然、客を独占したいと思うでしょうし、常に他社との差別化をしたいと考えるため、レシピや手法を同じ業界の人に教えることはありえないと考えるのが普通です。
しかし、いくら有名店であっても、これだけスピードが速い世の中では、いつ時代の流れが変わるかわかりませんし、たった一軒の店では、お客さんの数を集めるにも限界があるため、たとえどんなに有名なお店が街に一軒あっても、サン・セバスチャンのように街全体が「美食都市」として世界中に知られることはありません。
サン・セバスチャンのように弟子制度を廃止し、手法やレシピを独占せずに共有するという「料理のオープンソース化」をすることで、新しいスペイン料理がどんどん生まれ、若い有名なシェフが次々と育っていったことで、一つの都市だけではなく、スペイン料理全体の地位も自然と上がっていくことになります。
↑「料理のオープンソース化」をしたことで、街全体が美食都市として知られるようになる。
さらに、サン・セバスチャンには「ルイス・イリサール」という次の若い世代に料理を伝えることを目的とした料理学校があり、ここでは技術やビジネスよりも「仲間やお客さんを大切にすること」を教えられ、街のトップレストランのホームページにはレシピが公開されるなど、型破りな街のオープン化戦略によって世界中から観光客や料理人が集まり、ほんの短期間で街に活気が溢れるようになりました。
また、同じスペインにあり、「世界一予約が取れないレストラン」と言われていた「エル・ブジ」も過去に毎年新しいメニューのレシピを公開しており、料理長であったフェラン・アドリアは、1日18時間働きながらも次のように述べています。
「毎晩、仕事を終えてレストランを離れると時にいつも思うよ。私は料理について何も知らないってことをね。これが一番“力強いこと”なんだ。」
↑常に自分のレシピを共有して、他人から学ぶ。これはどの業界でも同じなんじゃないかな。(Universidad de Navarra)
近年、「オープンソース」とは、ウェブ上にプログラミングのソースコードを公開し、世界中の有志がコラボレーションして、それを修正していくことを指すことが多いですが、このやり方もここ10年ほどで一気に普及し、世界中で広く使われているOSのLinuxをはじめ、MySQL(データベース)やPHP(プログラミング言語)、そしてRubyonRails(ウェブ・フレームワーク)など、オープンソースの製品はどんどん普及し、現在ではマイクロソフトやオラクルなどの大企業に迫る勢いで成長しています。(2)
↑ オープンソースは大企業を打ちのめす勢い。 (hackNY.org)
ノウハウを隠さず共有するというオープン化戦略の他にも、サン・セバスチャンがわずか10年ほどで成長した背景には様々な理由があります。
ほんの数十年前まで、スペインは各地方の独自の文化を一切認めず、中央政府が国全体をコントロールする体制が続いていましたが、現在では観光戦略から都市設計まで、それぞれの地域で独自のやり方が認められていて、スペイン政府が直接関与するのではなく、各州が主体となって市町村を束ね、独自の文化を作り出しています。
↑それぞれの地方が独特の都市設計、文化、そして観光戦略を持つスペイン。 (Anthony Patterson)
グローバル化が進み、世界中のどの都市に行っても、ある程度のお金を出せば美味しい物を食べることができ、スペイン料理など、どこでも食べられるような気がしますが、サン・セバスチャンの料理人は、その地でしか獲れない食材を使って料理することをポリシーとしているため、いくら東京で食べるスペイン料理の「見た目」や「素材」が同じでも、彼らが作る料理は絶対にサン・セバスチャンでしか食べることができません。
もちろん、日本を含め世界中には、山の幸も海の幸も豊富な場所は数多くあり、地元の食材が美味しいと思っている人はどこにでもたくさんいますが、サン・セバスチャンの料理人のように、一度故郷を離れ、世界の様々な所を見渡した上で、客観的に「自分たちの強み」に気づいている人たちは、ほとんどいないのが現状です。
↑この街の食材は、この街にしかない。世界を客観的に見て、それをどう活かすか。
一時期、日本にも外国のスーパーが進出しましたが、しばらくして撤退しており、世界最大のウォールマートにしても苦戦しているのは明らかで、地域ごとに異なる味付けや食感、そして食品の鮮度をグローバル単位で統一するのには、当然のことながら無理があります。(3)
ビスケー湾で獲れた旬の魚や地元の山で収穫した食べ物で、料理を作るのが今も昔もサン・セバスチャンの基本であるように、東京湾で獲れた魚で寿司を握るのが、江戸前鮨の基本であることは言うまでもありません。
↑ローカルの食材が原則「食のグローバル化には無理がある」
ただ、本当の江戸前鮨を提供し続けるためには、まず東京で美味しい魚が釣れるように綺麗な海を維持する考えを持たなければなりませんが、現在の日本は外食産業のチェーン店が増えるばかりで、もっと食を文化として残すことを考えていく必要があります。
しかし、当然のことながら現在では環境汚染が進み、東京湾の状況は100年前とは違いますし、世界の一部の人が魚を食べていた時代から、世界中の人が寿司を食べるようになった現代、「自然に」任せて育てたり、収穫するだけでは、十分な量を収穫できないのも、紛れも無い事実です。(4)
↑本当に美味しいものを提供しようと思ったら、まず何より先に自然を大切にする。 (Passive Man)
このような問題を解決するのが現代のテクノロジーや「人間が自然に対して行なう手助け」なのかもしれませんが、「龍馬がゆく」などの著者として知られる、故人・司馬遼太郎さんはもうずっと前に日本のすべきことを理解していたのか、次のような言葉を残しています。
「今の日本人の大多数が“合意”すべき何かがあるはずで、不用意な拡張や破壊を止めて、自然を美しいものとする優しい日本に戻れば、この国に明日はある。」
↑短期的な経済優先で進むのか、それとも日本人本来の姿に戻るのか。 (Terao Kaionin)
21世紀最大の産業はIT産業でも宇宙産業でもなく、「観光産業」だと言われ、UNWTOの長期予測によれば、現在10億8700万人の国際観光客到達数は、平均3.3%ずつ増加していき、2030年には年間18億人になると言われており、これだけの「客」がいて、右肩上がりに成長していく市場は世界中見渡してもなかなかありません。(5)
しかし、日本は外国人観光客に対して、「京都の次」を提示できておらず、地方には東京の二軍都市のように同じようなモールが建ち並び、ゆるキャラを作ることが町おこしだと考えたり、世界遺産の認定されもらえば観光客がやってくると思うなど、全く新しいやり方で世界中の人々を惹きつけたサン・セバスチャンに比べて、日本は21世紀最大の産業のことをどこまで真面目に考えているのでしょうか。
↑ゆるキャラで観光立国になろうとするのは詐欺に近い。 (Takashi Nishimura)
フランスやスペインのように「観光立国」と呼ばれるためには、気候、自然、文化、そして食事の4つの条件が必要だと言われ、日本はこの4つ条件を満たしている極めて珍しい国でもありますが、日本を訪れる観光客の数は年間1,341万人と、8,300万人のフランスや6,500万人のスペインには到底及びません。
よく日本では「治安の良さ」や「日本人のマナーの良さ」を世界へのアピールポイントにすると考える人が多いですが、わざわざ高いお金を払って「日本人のマナーの良さ」を体験しに来る人はいないでしょうし、またアイスランドは世界一安全な国だそうですが、年間の観光客はたった80万人しかいないことを考えれば、治安やマナーの良さは観光に来る動機とはあまり関係がないようです。(6)
↑わざわざ高い航空券を買って、「マナーの良さ」を体験しに来る人はいない。 (Derek A.)
日本が本気で観光立国を目指すのであれば、気候、自然、文化、そして食事を一番のアピールポイントに設定し、サン・セバスチャンの人たちが料理業界ではありえないと言われた「ノウハウを共有する」という全く新しいやり方で世界の注目を集めたように、マーケティングで実力を水増しするのではなく、外国人が母国に帰って周りに話したくなるような本当の普遍的価値を提供していかなければなりませんが、現在の日本はスペインにあるサン・セバスチャンよりも西洋化していると言われています。(7)
↑「失われた20年」で本当に失ったもは、お金でも、時間でもなく、「日本文明」そのもの。 (Antonio Tajuelo)
グローバリゼーションとは、「ここから、ここまでは自分の国を世界にオープンにする」という線引きのことを指します。どの文化を自分たちの文化と捉え、どこからどこまでを世界に解き放つかを見極めることは、簡単なことではありませんが、それを見誤れば、もう自分たちが何者なのかわからなくなってしまう可能性があります。(8)
サン・セバスチャンの人たちは、伝統的な味を守りながら、自分たちが歩んできた歴史を理解した上で、今の時代性に合わせた提案の仕方を再定義することで、世界的な観光都市へと進化しました。
↑ローカルとグローバルの線引きを明確にし、どれだけ時代性に合った新しいものを提供できる。か (Queseria la Antigua)
サン・セバスチャンから始まった「新しいスペイン料理」は現在、国家規模で海外に輸出されようとしており、アメリカがハリウッド映画を海外に輸出するように、スペインは自国の新しい食文化を海外に広げる計画をしています。
完成品や特産品を海外に輸出するのであれば、「輸出すれば外資も稼げるよね」ぐらいの考えしか生まれないかもしれませんが、新しい食文化が広がり、その産地のものを食べる人が増えれば、本場の味を味わいにスペインを訪れる人もどんどん増えていきます。
↑新しい食文化が広がれば、本場のモノを食べに海外からどんどん人がやってくる。 (Queseria la Antigua)
また、常に新しい味を作り出すバスク地方(サン・セバスチャンの街がある地域)の料理人たちは、頻繁に海外を訪れては、DJが曲をリミックするように、外国の文化を自国の文化の中に取り入れており、2010年には、バスク州最大の都市、ビルバオから税金で何人ものシェフが京都に修行に来ています。
従来、日本も新しいものを取り入れながら、古いものを残すという世界でも極めて珍しい特徴を持っていた国であり、今や日本食の定番となっている「天ぷら」はポルトガルから16世紀に伝わってきたものですし、「ラーメン」も明治維新後に、横浜にできた数軒の中華街のお店ががルーツだと言われています。(9)
↑常に新しい味を追加してはリミックしていく。 (Lee)
ただ、このようなユニークな文化を持っていたのは戦前の話であり、現在日本が行っているのはグローバル化でも何でもなく、ただの「アメリカ化」で、しっかりとした日本食という伝統の原点に戻るのであれば、見かけの派手さや安さを打ち出すのではなく、自分たち本来の伝統の味が出せるよう、まずは東京湾や山の自然を守ることから始めなければなりません。
それを行っていく上で、サン・セバスチャンの人たちがヨーロッパの共通性を保持しながら、個々の独自性を発揮していったように、日本の地方都市は東京との距離感と、世界的に見た自分たちの正しいポジションを明確にした上で、世界に輸出できる新しい文化を作り出していくべきなのではないでしょうか。(10)
↑母国の原点に戻り、世界を知って、世界的に見た自分たちのポジションを確立していく。 (Wally Gobetz)
無印良品は海外でも多くの国に受け入れられ、市場を大きく拡大していますが、無印の商品には禅や茶道といったものに代表される日本の美意識や精神性の高さが色濃く反映されており、「お店に行くと、ZENの思想を感じる」という欧米のお客さんも多いそうです。(11)
無印の商品は機能や装飾をどんどん足していくのではなく、むしろ極限まで必要のないものをそぎ落としていく日本的な美学が感じられ、無印の商品を好きだと答えた85%の人が、「日本の国や文化が好き」だと答えているように、無印良品は世界と母国(地域)の距離感を鋭く理解し、グローバルとローカルの間で正しいポジションニングをしたことが世界で受け入れられている大きな要因なのでしょう。(12)
↑グローバルとローカルの正しいポジションニングで売上を伸ばす無印。 (Simon D)
サン・セバスチャンに何十回と足を運び、この街の成功を「人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―スペイン サン・セバスチャンの奇跡」という本にまとめたクリエイターの高城剛さんは、次の時代のヒントを本の最後で次のようにまとめています。(13)
「世界を知る。身の丈を知る。古いモノを守り、あたらしいモノを融合させ“いま”を考える。そして、オープンな姿勢で、多くの者とシェアしてゆく。」
↑次の時代のヒントは日本から遠く離れたスペインの街、サン・セバスチャンに。 (David L.)
この高城さんの本によれば、アメリカ大陸をコロンブスよりも先に発見したのはサン・セバスチャンの街がある地域に住むバスク人だったそうですが、驚くことにこのバスクの人たちは、その新大陸を自分たちの領土として主張しなかったそうで、バスクの人たちにとって、生活の場所は常にバスク地方にあり、バスクを愛しているからこそ、「新しい場所」は必要ありませんでした。
彼らの地元を愛する哲学は、もう何百年も続いており、普通、レストランが世界に認められれば、どんどん海外に支店を作って、ビジネスを大きくしようと考えますが、サン・セバスチャンの人たちは海外に支店を出すつもりはなく、地元で獲れた産物を使って料理を出すことが一番大切だという強い意思を持っています。
↑有名レストランの支店をこの地以外には作らない。 (Arrano)
もし、21世紀が「グローバルな時代」ではなく、「多様性が溢れたローカルな時代」なのであれば、僕たち日本人が戦後70年やってきたやり方とは全く逆の方向に時代を生き抜く大きなヒントが隠れているのかもしれません。
それは、僕たち日本人にとって、「とても懐かしい」感じのする未来になるような気がしますが、少なくとも今回、サン・セバスチャンを訪れてみて、「ローカルな時代」の大きなヒントを得たような気がします。
※今回の記事は高城剛さんの
「人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―スペイン サン・セバスチャンの奇跡」
を参考に致しました。本を読んだのは2年ほど前ですが、やっと時間を作って現地を訪れることができました。ちょっと日本からは遠いですが、どんな仕事をされている方でも、何か得るものがあると思いますので、是非一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
※主な参考→1.(人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―― スペイン サン・セバスチャンの奇跡/高城 剛) P23 2.(強いチームはオフィスを捨てる/ジェイソン・フリード・デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン) Kindle 1316 3.(なぜローカル経済から日本は甦るのか/冨山 和彦) Kindle P1361 4.(里海資本論 日本社会は「共生の原理」で動く/井上 恭介) Kindle P401、P713 5.(新・観光立国論―イギリス人アナリストが提言する21世紀の「所得倍増計画」/デービッド アトキンソン)Kindle P527 6.(新・観光立国論―イギリス人アナリストが提言する21世紀の「所得倍増計画」/デービッド アトキンソン)Kindle P911 7.(人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―― スペイン サン・セバスチャンの奇跡/高城 剛) P68 8.(「ひきこもり国家」日本/高城 剛) P42 9.(イギリス人アナリストだからわかった日本の「強み」「弱み」/デービッド・アトキンソン) Kindle P1170 10.(バスクとバスク人/渡部 哲郎) P208 11.(無印良品が、世界でも勝てる理由 世界に“グローバル・マーケット”は、ない/松井 忠三 ) Kindle P175,P195 12.(第四の消費 つながりを生み出す社会へ/三浦 展) P208〜210 13.(人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―― スペイン サン・セバスチャンの奇跡/高城 剛) P181※その他の参考→(ローマ法王に米を食べさせた男 過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?/高野 誠鮮)、(イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る 雇用400万人、GDP8パーセント成長への提言/デービッド・アトキンソン)、(稼げる観光: 地方が生き残り潤うための知恵/鈴木 俊博)