January 30, 2017
1日2700万円の企業価値を付け、アマゾンが1000億円以上出しても欲しかった企業、ザッポス「でも、新しい時代の本当の価値はバランスシートには写らない。」

(image:Ted Murphy/Flickr)

靴や洋服をオンラインで販売するザッポスは2009年に約1000億円でアマゾンに買収され、日本でも大きな注目を集めましたが、アマゾンが1000億円払ってほしかったのは、オンライン・システムや規模ではなく、現在の経営学からは現実離れしたザッポスの「企業文化」でした。

文化と言っても、グーグルで検索したら、どこかの会社の企業理念に書いてありそうな、「お客様第一」や「世の中のため」などと謳いながら突き進んでいるのではありません。

IT企業なのにアナログな電話のカスタマー・サービスに徹底的にこだわり、地位やお金だけではなく、人生を通じて従業員の「本当の幸せ」とは何か?という難題に本気で取り組んだ結果、現在の経営学ではとても説明がつかない、ザッポスの「企業文化」が生まれたのではないでしょうか。


↑アマゾンが1000億円かけても、ほしかったのはシステムではなく企業文化。(Robert Scoble/Flickr)

ザッポスは一夜で成功したスタートアップ企業の典型的な例に思われるかもしれませんが、この並外れてた文化を作るまでは15年という気が遠くなるような時間がかかり、ザッポスの起源はCEOのトニーさんが大学を卒業した時期にまでさかのぼります。

トニーさんは大学卒業後、オラクルに就職しますが、あまりにも退屈すぎたため、半年で辞め、自らリンクエクスチェンジというバナー広告を取り扱う会社を設立しました。


↑CEOのトニー・シェイ「一つの文化を作るのに15年という時間がかかった。」(Robert Scoble/Flickr)

1996年、会社はドットコム時代の追い風を受けてみるみる成長、人手不足のため「私たちのために喜んで働いてくれて半年以上刑に服したことがないなら」という条件で毎週のように人を雇い、オフィスに人が納まりきらなくなると、ビルの別のフロアに新な事務所を借りて、気づけば社員は100人を超えていました。

トニーさんは当時のことを「ザッポス伝説」の中で次のように述べています。

「オフィス内を歩いていて、誰か分からない人に会うのは不思議な感じでした。写真の名前や仕事の内容が分からないだけでなく、顔すらもわからないのです。でもその頃、それは必ずしも悪いことではないと思っていました。むしろ、急成長のために社員の顔がわかならないことによってますます興奮し、それで24時間絶え間なくアドレナリンが高まっている、みんなそんな気分でした。」


↑ドットコム・バブル「IT企業のアドレナリンは絶頂期だった。」

しかし、トニーさんが感じていたアドレナリンは、その後起こる事に対する大きな警告のサインでした。採用していた多くの人は、お金をたくさん稼ぐことや自分のキャリアを良くすることを目的として入社していたため、社内の雰囲気はどんどん悪化していったのです。
ある日の朝、トニーさんは突如、会社の売却を決めます。

「ある日、私は目覚ましのアラームを6回止めて、ようやく目を覚ましました。そして7回目のアラームを止めようとしたところで、突然気づいたのです。最後にこれほど何回もアラームを止めたのは、オラクルに出社するのが嫌で嫌でたまらなかった時でした。同じことがまた起こったのです。ただ今回出社したくないのは(自分が創業した)リンクエクスチェンジでした。」

その後、リンクエクスチェンジはマイクロソフトに約265億円で売却されますが、そこで見たものは大きな金額に目がくらみ、他の社員を犠牲にして自分が得られる金額を最大につり上げようとする社員の姿で、トニーさんはこの時、二度とこの人達とは一緒に仕事をしたくないと確信したそうです。


↑もう企業文化は存在しなかった。

この時、トニーさんはのちに創業するザッポスの起源である「文化」の重要性を痛烈に感じました。一番の過ちは、間違った人を雇い続けていることだという結論に至り、
ザッポスでは採用や間違った雇用の修正に100億円以上をつぎ込み、全米一強い文化を持つ企業を作っていったのです。

ひとつの言葉はひとつの言葉、一枚の写真には1000の価値、そしてひとつのブランドには100万の価値がある

リンクエクスチェンジ売却後、トニーさんは投資家として活動し始め、ザッポスはトニーさんが数多く出資する企業のひとつに過ぎませんでした。しかし、ザッポスの社員と一緒に働いていて楽しいと言う理由から、トニーさんがCEOとして加わり、フルタイム・メンバーとしてザッポスの経営に関わることになります。

ザッポスのカスタマー・サービスは「文化」そのもので、8時間顧客の長電話に付き合ったり、家族や親類が亡くなったと聞けば、靴と一緒に花を送ったりと日本でも様々な例が紹介されていますが、彼らが意識していることは常に一つだけです。

「受話器を切った時、そのお客様が電話で話す前よりもハッピーであればよい。顧客に喜んでもらえるならすべてはマーケティングコスト。」


↑顧客が喜んでくれるなら、すべてはマーケティングコスト。

実際、電話経由での売上は5%程度しかなく、ほとんどの電話は売上につながっていません。アメリカ、日本を含むほとんど企業が、「平均処理時間」を基準にオペレーターの業務を評価し、どれだけ電話を早く切れるかを常に気にしていますが、トニーさんはコールセンターをブランディングという観点から次のように説明しています。

「電話経由での売上は総売上の5%程度にすぎないのに、ネット企業がそれほど電話を重視することを不思議がる人も多いことでしょう。実際、私たちが受ける電話のほどんどが売上を生んでいません。しかし、平均的に見て、私たちの顧客は一生のどこかの時点で少なくても一度は私たちに電話をかけてくれることを知っているので、私たちはその機会を使っていつまで記憶に残る思い出を生み出すように心がける必要があるのです。」


↑平均処理時間を評価したり、高い商品に誘導したりすることは絶対にしない。

多くの企業は広告や営業に巨額の予算をつぎ込みますが、
ザッポスはその予算をカスタマーサービスに当て、素晴らしいサービスを提供することで、顧客自身にマーケティングをしてもらいます。そのため、Webサイトのすべてのページの一番目立つところにフリーダイヤルの番号を載せており、75%は既存顧客の購買になります。

現在、世界は大きく変わりつつあり、企業が好んでも、好まなくても、企業の透明性が高まって来ています。満たされない顧客はその不満をブログやツイッターに書きますが、実際その逆もあって、ある企業で素晴らしい体験をした話が何百万人の人に読まれる可能性もあるのです。


↑素晴らしいサービスは必ず顧客が拡散してくれる。

不況になればなるほど、企業は効率化を求め、数字として現れないものには投資をせず、社内で行う必要がないカスタマーサービスなどは外部、もしくは海外へアウトソーシングします。

実際それはMBA的に考えれば正しいことですし、文化の費用対効果を数字で出して投資家に説明するのは少々無理があります。実際ザッポスも1999年に創業し、4年後の2003年には資金が底を尽きかけ倒産寸前まで追い込まれますが、何とか持ち直して2005年にやっと黒字化させています。

トニーさんは将来ザッポスのカスタマーサービスをホテルや銀行、そして航空など
他の分野にどんどん広げていきたいと考えているそうです。

「10年から15年後、僕たちが靴のオンラインショップから始まった会社だと気づかれないくらいが理想だよ。いつか絶対にザッポスホテルやザッポス航空を実現させてみせる。」


↑「信念は曲げない」2003年には倒産寸前、黒字化するのに6年かかった。(Tech.Co/Flickr)

周りからみれば、かなり効率の悪いマーケティングで黒字化するまでに6年もかかっていますが、創業から10年後に1000億円でアマゾンに売却されたことを考えると、ちょうど一年で100億円ずつ企業価値を上げていったことになります。

人間の価値がその人の年収で決まるわけではないのと同じように、信念を貫き通し続けることで、その時のバランスシートには見えない「本当の価値」が生まれます。それが、アマゾンが1000億円払ってでもほしかった「企業バリュー」なのではないでしょうか。

幸せを感じたとき、ほとんどお金を使っていなかった

トニーさんが以前の会社経営から学んだ教訓として、カスタマーサービスと共に情熱を注いだのが本当の意味での「社員の幸せ」でした。

億単位のお金とはあまり縁のない私達にとって、「お金=幸せ」もしくは「お金≠幸せ」は一生の課題かもしれませんが、会社売却によって巨額の富を手にいれたトニーさんが、長年の研究を経て出した結論は「お金≠幸せ」でした。

実際、ある調査によれば、宝くじの当選者の幸福度レベルを、当選前と一年後を比較してみた結果、ほとんどの当選者が同じ幸福度、もしくは当選前よりも低い幸福度レベルであることが分かったのです。トニーさんは次のように述べています。

「(調査を通じて分かったことは)私たちはみんな、自分の属する社会や文化によって、どれほどあっけなく、自分で考えることをやめ、結局のところ幸せとは人生を楽しむことであるのにもかかわず、既定のこととしてお金がたくさんあるイコールより多くの成功と幸せだと思い込むように洗脳されているのか、ということでした。」


↑巨額の富を得た僕が出した答えは「お金≠幸せ」(Liang Shi/Flickr)

ザッポスの社員の給料を平均すると時給2300円程度で、同じ地域の同業者と比べると気持ち少なめの給料ですが、ザッポスに入社するにはハーバード大学に入学するよりも難しいと言われ、
去年は約31,000人が応募し、採用されたのはその1.5%だと言います。

平均よりも給料が低い会社にこれほどの応募が殺到する理由は、ザッポスとは社員が安心して仕事ができ、かつ個性を失わず本当の自分の姿で働ける場所だからです。

福利厚生は数えきれないほどあり、例を上げるだけでも100%の医療保険、会社が子供の面倒も見てくれるシステム、学校など行く場合の金銭的な補助、そして食事はすべて無料など、ここまで福利厚生がしっかりしている会社はなかなかありません。


↑個性を失わないという安心感。

さらに「個人にとっては、個性が運命。組織にとっては、文化が運命。」というビジョンを掲げ、ザッポスの10のコア・バリューは仕事だけではなく、「日常生活」でも使えるため、
社員全員が暗記しています。

ザッポスの本社を訪れると一人一人の社員が本当に大切にされているのが一目で分かります。

会社の利益や効率よりも社員の「幸福」に重点を置いているザッポスは、コーチング制度も充実しており、仕事だけではなく、「やせたい」や「家庭を安定させたい」など個人目標をしっかり決めて、人生そのものを豊かにしようとするサポートがしっかり整っています。


↑個人にとっては、個性が運命。組織にとっては、文化が運命。(ShashiBellamkonda/Flickr)

そして社員を幸せにしようとする文化が上手に表現されているのが、ザッポスが毎年発行している「カルチャー・ブック」です。これは学校の卒業アルバムみたいなもので誤字脱字以外の修正は一切されず、クライアントやザッポスを訪れた人に配られます。

トニーさんはこれまでの人生で最高の幸せを感じた時のリストを作ってみた結果、
幸せを感じたどの時も、お金をほとんど使っていないことに気づきました。

「リスト化してみて、わかったのは、何かを作っているとか、クリエイティブで独創的でいると私は幸せだったということでした。夜明けまで一晩中友人と電話でしゃべっていると幸せでした。中学時代に一番仲良しの友人たちとハローウィンのお菓子をねだりながら近所を回っていると幸せでした。水泳大会の後にベイクポテトを食べると幸せでした。」


↑僕が幸せを感じた時、お金は一切使っていなかった。

僕はまだ結婚もしていないので、一番お金を使ったのはパソコンを買った時ぐらいですが、自分自身の経験を振り返ってみても最高の幸せを感じた時は、ほとんどお金を使っていませんでした。大学で一生懸命勉強して「A」の成績を取ったとき幸せでした。英語のプレゼンテーションでジョークがうけたとき幸せでした。一人旅したヨーロッパの街で、同世代の旅人と朝まで喋っているとき幸せでした。

リーマンショック後、利益と効率を追求する資本主義が大きな転換期を迎えようとしています。利益を追求する企業が「個人の幸福」にまで関与するのは経営学的に考えると、理解に苦しむかもしれません。

しかし、ザッポスは創業10年で1000億円という価値がついたことを考えれば、彼らが追求してきた「幸福」は意外と早い段階で利益に変わったと言うことかもしれません。

まとめ

実は今回のザッポスツアーは大きなイベントと重なっていたため、満員で参加は難しいとメールで断られていました。

他の週を何日が打診されましたが、ラスベガスに滞在できるのは二日間だけので、アメリカに居る友人を通じて何度も連絡していました。正直、諦めかけていましたが、どうしても参加したかったので、一週間前に携帯の電話番号も添えて、「キャンセルがでたら真っ先に連絡がほしいと」もう一度メールを送りました。

すると次の日電話がかかってきました。 最初は用件も言わずこちらの雰囲気を伺っている様子でしたが、思い切って「私のボス、日本から二日間の為だけにラスベガスに来るの。今回、このツアーに参加しなかったら、二度と来られないと思うんだけど、どうしても参加できないかな?」と聞くと、

「大丈夫!あなたのボスの為に席を用意するわ。あなた達二人は何も心配せずにいらっしゃい!」と言ってくれました。この瞬間、僕たちはザッポスのファンになってしまったのです。


↑日々の業務で上司に相談することはほとんどない。

同時多発テロ、リーマンショック、そして震災、目に見えていた物理的なモノや信じていた数字は一瞬にして消えてしまいました。

利益を追求する経営者の方からすれば、「企業文化」や「社員の幸福」に投資するのは余裕のあるフェイスブックやグーグルがやることだと思うかもしれません。しかし、企業文化と社員の幸福を中心に事業を作っていったザッポスが創業10年で1000億の価値をつけたことを考えると、毎年100億円ずつ企業価値を上げていったことになり、一日で換算すれば約2700万の価値を付けていったことになります。

21世紀の「価値」はすぐにはバランスシートに現れません。信念やビジョンを何年も貫いていくことで、気づかないうちに企業価値の横にゼロがいくつも増えている、そんな時代が今幕を開けるようとしているのではないでしょうか。

/ZAPPOS_HAPPNESS